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「かあさん?」  耳に馴染んだ声が聞こえてくる。私はデスクから顔をあげ、声のした方に体を向けた。そこには制服姿の息子。……と、もうひとりの男の子。 「どうしたの?」 「あー、近くまで来たからさ……。それと黒川がどーしてもかあさんの仕事に興味がある、って言うんだ。あ! 黒川(くろかわ) (あおい)、同じクラスなんだよ」  息子の翔がラボに顔を出すのは珍しい。高校生になった息子を扱うのはとても難しく、行き違いが多いが、反抗期のあった中学時代よりは落ち着いてきた。最近またできてきたニキビを隠すために前髪を弄る、翔。  その見慣れた息子の背後から顔を出した男の子。 「こんにちは。急にお邪魔してすみません、黒川蒼といいます」 「息子の友達なら大歓迎よ。……それに行き詰まっていたから助かったわ。息子がお世話になっているようね」  翔とは打って変わり、黒川くんは美しい肌をしていた。高校生ともなれば次第に落ち着いてきて青年になるが、彼はどことなくまだ少年だ。けれど可愛らしいあどけない顔に、浮き出た喉仏。相反するものが存在している。……そんな気がした。良い意味での違和感を覚えてしまう。子供になりきれない大人…いや、大人になりきれない子供。多感な時期だからというのもあるだろうが、彼の容姿はどことなく危なっかしい。 「いや、俺のほうが馬鹿みたいに話を訊いていて……」 「そーなんだよ蒼、すげー煩いんだよ。かあさんの研究資料死ぬほど読んでて……その話ばかりなんだよ」  言い方には迷惑、という意味合いが入っているが、翔の表情はしたり顔だ。はじめてこのラボに友達を連れてきた。可愛げのない態度だけど、透けて見える息子の愛情にほおが緩む。 「余計な話はしてないでしょうね?」 「するわけないって。俺には意味わかんねーもん」  ケタケタ笑う翔に仕事の疲れが癒されていく。隣の黒川くんも慌てたように首を振った。そして、黒川くんは小さく──翔はもう少し理解する姿勢を見せた方がいい、と呟く。  真っ白な空間に黒い制服がふたつ。若さを感じさせるように、わいわいと揺れ動く黒い物体。 「……あれがそうですか?」  黒川くんが指差した先には、私が開発した……開発途中の機械が存在している。卵の形をした椅子。繭をイメージして作ったのに、同僚たちは口を揃えて卵だと言う。終いには、エーロ・アールニオのボールチェアに似ているとも言う人がいる。過去からのリスペクトは大事だが、なにかに似ているという陳腐な表現しか出来ない人たちに辟易としていたのは確かだった。 「えぇ」 「胎内のようなやすらぎをイメージした形なんですよね」 「……そこまで知ってるなんて驚きだわ」  目をキラキラ輝かせる黒川くん。私の言葉に嬉しそうに微笑んだ。楽しそうに笑う彼は、アーモンド型の瞳を私に向ける。一瞬の妖艶なその目線に思わず釘付けになった。あどけなさを孕んだ表情に似合わない大人な雰囲気は、やはり違和感を覚える。 「かあさん。都合がいいなら、蒼に色々おしえてやってよ」
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