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「いや、そんな! 忙しそうだし! 翔、なんつーこと言うんだよ!!」
「こんな時に猫被ンなって。いつもキモいぐらい俺に訊いてくるんだから、同じようにすりゃいいだろ」
久しぶりの若さを肌で体感する。
翔はケタケタと笑いながら調子良くそんな事を言うけれど、黒川くんは顔を赤らめ焦っている様子だ。知りたいという気持ちよりも、思春期特有の恥ずかしいという感情が先走るらしい。……私にも身に覚えがある。
ちょうど私も行き詰っていたところだ。それに一般市民の、またこの年齢のデータが少しばかり欲しい。
「少しなら大丈夫よ」
「ホントに?! …あ、! あぁ…ごめんなさい、本当ですか? 凄く嬉しい、ホ、ントにいいんですか?」
ころころと豊かに変わっていく彼の表情を見ているのは楽しい。嬉しさのあまり飛び跳ねた黒川くん。彼のデータが貰えると思うと、それはそれで私の興味も激しくそそられる。
「もちろん。でも、企業秘密に関わることは言えないけど、それでもいい?」
「もちろんです!」
目を輝かせた黒川くんは何度も強く頷く。それは首がもげて、頭が落ちてしまいそうな勢いだった。子供らしさを感じ、より一層彼を知りたくなる。研究者として黒川くんという被験者の存在は大いに歓迎してしまう。
私の根っこにある、巣食ってくる、感覚を引き出させる。
「あ! わるい。友達に呼び出された、かあさん、蒼のこと頼む。……翔は記憶力いいから自分家まで帰れるよな」
「わかった、帰れる」
小さな端末を弄る翔は浮かれたように大きな声を上げた。
黒川くんは翔のことなど眼中にないように、さらりとした声色で答える。どちらの男の子もあるひとつのことに熱をあげているらしい。そしてそれを自らの優先事項としている。
「翔、気を付けて帰りなさい」
「わかってるって!」
私の目を見ずに、足早に帰っていった。息子のいなくなった空間には、黒い制服がひとつ、妙に存在を主張する。時代が刻一刻と変化していく世の中で、高校生男子は学ランを着て、研究者は白衣を着る。……白衣はともかくとして、重たくて洗い難い学ランはそろそろどうにかならないものか。
「翔、彼女でもいるの?」
「え……、」
「あぁ、ごめんなさい。詮索するつもりはないの。ただ、私がここに入り浸っているおかげで母親らしいこと出来ていないから、女の子がいたらいいな、と思っただけ」
最近は家事をこなしてくれるアンドロイドが開発された。女性の社会進出が本格的に議論され、技術がその問題に応えるかたちだ。私が研究に勤しめるのも、ひとえにあのアンドロイドが家にいてくれるおかげ。……それなりの金額はしたけど。
「俺は翔からまだ彼女がいるって知らされてないっすけど、楠木さんの悪口も聞いてません」
「ついていい嘘を知っているのね」
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