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「脳科学者としての言葉ですか?」 「……いいえ、ひとりの人間として。感謝を込めたのよ、ありがとうという」 「なら、よかったです」  黒川くんという人物はどこか掴み所がない。そんな感覚を覚えてる。  会って数分だ……。分析をするのはやめよう。  人間の体の複雑さを一言で表すのは難しい。いくつもの時代を経て進化していった。だが、それと同じく未知の領域も増えている。  若い肉体を持つ、未知の生物。常識という偏見のコレクションを身に付けていない、黒川くんを研究室のソファに座らせる。繭の中に座らせるのはもう少し後だ。 「黒川くんは、私の研究のなにを知っているの?」 「コンピューターで脳の中にある潜在意識? っていうのを研究してる? ……脳の中で見たものを映像化させること」  大方のことはあっているが、やはりうまく伝わっていない。一般人が閲覧出来る情報には限りがある。まぁ、初期段階での研究資料だ、私が今考えているものとはかけ離れているだろう……。私の拙さも付け加えられるか。 「私は脳が、生まれたままその瞬間なんの為にあるのかを知りたい。初期設定のままの脳みそがはじめて動く時、どんな働きをするのか……。私たちは多くのものを教えられて育つ。なら、それを一切断ち切った場合どうなるのか?」  鳥はプログラミングされた生き物かもしれない、という衝撃の研究結果が発表された。黄色いクチバシを持つすずめのひな、そこに餌を運ぶ親鳥。  健気に子育てをする鳥に見られるが、親鳥はただその黄色い容れ物に物を入れているだけなのかもしれない。種の生存の為にプログラミングされた、と。  賛否両論をもたらしたその研究だが、私にひとつの概念を植え付けた。人間の脳みそもそうであるかもしれない。  潜在意識というのは、過去の経験や体験から蓄積された無意識なもの。それより前の脳みそが知りたい。 「脳みそは未知の領域よ。なぜ、いまだに宇宙に浪漫を求め旅立つのに自らの謎に目を瞑るのかしら」 「母はよく言います。……人生や哲学、解明出来ないものにすがるのは愚かな人間のすることだと。語り得ぬものについては沈黙しなければならない、と」  哲学を否定する者が哲学を語る。これこそが、私の興味を誘う。なぜそういった思考回路になるのだろうか? 「じゃぁ、黒川くんはなぜ私の研究に興味を示すの?」 「母を愚かな人間だと思ったから」
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