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《──…社は美、健康、学習、お客様に快適な生活を歩んで頂くための小さなお手伝いをモットーに活動しています。お気軽にお問い合わせ下さい》
受付嬢がホログラムに変わったのはつい最近のことだ。社員証をぶら下げ、白衣を着た私は黒川くんを連れ、エレベーターに乗り込んだ。非接触を推奨された時期があったおかげで、エレベーターのボタンは指をかざすだけで済む。
エレベーターの中にいる名前のない彼女。日本人の顔を平均させた老若男女問わず好かれる顔付きの女性が微笑んでいる。
「翔とはいつ仲良くなったの?」
脳のデータを見たあとの何気ない話。彼は繭から出ると、楽しかった! と嬉々とした表情を浮かべていた。得体の知れない違和感が増幅する。……ただ、この違和感も植え付けられたものかもしれない。
「正直に言うと俺と翔は正反対で、クラスの中心人物の彼を俺はあまり好きじゃありませんでした」
眉をハの字に歪める黒川くんに少しだけ笑えてしまった。勿論、心の中でだが。翔は私とは違いやんちゃなほうだ。最近はほのかに女の子の甘い香りがしてくる。黒川くんを置き去りにして飛び出して行った息子の後ろ姿が思い浮かぶ。間違いがなければいいけど……。
「俺はよくなにを考えているかわからないって言われて友達が少ないんです。でも、翔はそんな俺にも話しかけてくれて……」
「翔はたしかに優しい子よ。けれど、誰にだってそうじゃないわ。黒川くんが気になるから話しかけたのよ」
言葉の通り、黒川くんはなにか惹かれるものがある。美しさはもちろんだが、それは芸能人のようなきらきらとした憧れるようなものではない。なんとも形容し難いが、ふたつの相反したものを持っているような感覚だ。
《お待たせいたしました。楠木博士、2階ラウンジに到着しました》
この会社のどこにでもいる彼女は礼儀よく頭を下げる。その瞬間に、エレベーターの扉が開いた。
日本でも世界でも優先順位の低かったものごとが、一瞬にして繰り上がった時代がある。そのおかげでテクノロジーはたしかに発展した。無駄を排除し、効率よく社会を回す。その為に管理社会に拍車を掛けた。
「黒川くん、あなたの情報をくれる? アレルギーとかない? 嫌いなものは?」
「いま送ります」
エレベーターを出て、ラウンジへ向かう。送られてきた彼のデータ。歩きながらそれに目を通す。とくに目立ったことはなく、普通の高校男子だ。
嫌いなものは蛾。アレルギーはなし。日本国籍を持つ、黒川蒼
その名前に一切の偽りは無さそうだ。……さっきのはただのあだ名? それに非表示にされている項目がある。
「パソコン作ることができるの?」
「一から組み立て、プログラミングするのが好きです」
「将来、有望ね。飲みものを持ってくるわ、好きな場所に座ってて」
小さく頷いた黒川くんは私の言葉通り、居場所を探して歩き出す。
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