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「体験してみたけれど、なにか他に訊きたいことはある?」  敢えて繭の中でのことは訊かなかった。彼の脳みそに余計な情報や、詮索は入れたくない。次のデータに支障が……。次なんてあるはずもないのに馬鹿みたいに頭が働く。  黒川くんの目の前にハーブティーを置きながら、プラスチック製の椅子に腰掛けた。研究室とは違う硬い座り心地の椅子に、仕事から離れられたという実感が湧いてくる。 「……良い香りですね」 「研究者は常に癒しが欲しいものよ」  ハーブティーの優しい香りが漂う。あたたかさを感じる湯気がふわりと宙に浮遊していた。香り、というものは安心感や癒しをすり込ませる効果がある。体という未知の物体を研究している我々も、それは例外ではない。このハーブティーも調合師が絶妙なバランスで配合しているらしい。  黒川くんは視線を左下に向け、──訊きたいことばかりでなにからきいたらいいのか、と困ったように苦笑した。そしてひとつ呼吸を整えると話し出す。 「双子の実験はどうなりました?」 「なぜ、知っているの……?」  誰も知り得ない言葉に目を見開いてしまう。途端に体が硬直した。ハーブティーの優しい香りが嫌なものになっていく。  それは、私の実現しなかった儚く散った過去を弄り回されたことだというのは理解できる。だが、彼が知っている意味は理解できない。  研究初期で頓挫したおかげで、閲覧可能なデータベースには載っていないはず。他国に盗まれないように厳重に保管……。 「ハッキングをすこし……」 「冗談よね?」  美しい顔がゆっくりと歪んでいく。ごめんなさい、そう言いたげな顔付きが彼の心情を表していた。パソコンを作れると言っていた、転送されたデータにも書いてある。ハッキングはその延長にあるのか……。  私は椅子に深く座り直し、頭を働かせる。万が一彼の、黒川くんのいうことが本当だとして、私のパソコンにハッキングしていたとして、キッカケは? 私のパソコンに潜り込んで、ピンポイントでそれを調べられる? ハッキングされたという許し難い事実も気になる……いや、初期段階で頓挫した話だ。 「ウソついてる?」 「嘘なんかついてどうするんですか? 俺がしたことは犯罪ですし、この会社は秘密事項だらけ。……俺に特なことなんてないですって」  慌てる様子はない黒川くん。たしかにここにハッキングしたなどと嘘をついても、彼に利益はない。  ……黒川くんは蛾が嫌い。ふとそんなことを思い出す。私は腕に巻いてある小さな端末を起動させる。ホログラムで浮き上がった、彼のデータ。 「あなた、もしかして」 「思い出してもらえてよかったです」  黒川くんは、寸分違わずシンメトリーに口の端をつり上げる。
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