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私がまだ青かったころ。知りたいという欲求と、認められたいという欲求がぶつかり合い、ある人体実験を思い付いた。今と議題は同じだ。生まれたままの脳みそはどういうものなのか。なにも教えられていない脳みそは、どんな動きを見せるのか。
双子をそれぞれの箱に入れ、0歳から10歳までの人生を観測する。そして、10回目の誕生日に双子を引き合わせる。同じ遺伝子、同じ年月、同じ環境の中で育ったひとつの肉体は、同じ顔を持つもうひとりの肉体をどう捉えるのか。
私が知りたい脳の働きに一番理想的な環境だった。
妊娠を隠したまま、双子を持つ妊婦を探した。そして自分のお腹が大きくなり始めた時に見つけたのは、里親に出される予定の男子の双子。同じ研究者という立場の双子の母は、昆虫の、とりわけ、チョウ目に取り憑かれていた。
「貰われた家で実験の材料になるところだった、と話している声を聞きました。母のあの声は忘れられません。
──……偽善的だったから」
複雑な心境を吐き出したあと、ハーブティーを一口飲む。黒川くんはいたって冷静だ。
養子という家族の形はデリケートな問題である。テクノロジーが進んでいる世の中になったが、人間の生き方はいまも議論され続けている。性の不一致、性の在り方、人生の選び方。
情報社会となり、誰もが誰かの情報にアクセス出来る時代になったからこそ、より慎重に扱う問題になった。それを考慮し、それなりの事情がある場合に限り、情報を隠すことができる。さっき見た非表示の項目は、彼が養子だという意味だろう。情報をすべて表に出すべきだ、というデモ活動は盛んだ。
「母はあなたの存在を隠していました。けど、隠すという行為はいつかバレる。隠すの対義語が暴く、というのと同じ」
「……それで私を知った?」
黒川くんは、自身が言っていたように翔とは真逆だ。豊富な言葉を使う。様々な表情を浮かべ、隠し、表す。分かり易そうで分かり難い。
真っ黒な瞳が私を射抜く。美しくまんまるなその眼球が私を監視しているようだ。
「母は知りません。俺があなたを見つけたことも、運良くあなたの子供と同級生になれたことも。隠しているからいつかはバレると思うけど……」
「それで? なにが目的で黒川くんはここにいるの?」
双子の実験はやはり倫理的にアウトだった。遥か昔、ローマで同じような実験が行われていた。科学に熱心だったといわれているフリードリヒ2世が、<もし言葉を教えなかったら赤ん坊は何語を話し始めるのか。ヘブライ語かギリシア語かラテン語か>そんな思考を持ったという。そして、数名の赤ん坊と乳母を使い、人体実験を行った。
言葉を教えられなかった赤ん坊は全員死亡した。
「研究を手伝わせて下さい」
太古の研究データだ。もちろん今とは環境が違う。それでも許可はおりなかった。……既に研究結果は出ている、という面白味に欠けた言葉も添えられて。
「……へんな子ね」
「よく言われます」
私と黒川くんの意思が共鳴した。
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