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強火のススメ!!
「あんた今どこにいんの?もうカラオケ始まってんだけど。」
スマホから親友であるサヤカの喚き声が聞こえる。カラオケブースから出て電話かけてください。
「チャーハンの中だよ・・・。」
頭をぐったり下に下げながらため息混じりに答えた。
ピークを目前にした中華料理屋の店内からは聞き慣れた喧騒が絶えず響いている。
通う高校が近いうちの店は夕方あたりのこの時間、下校の男子高校生でごった返す。
おじいちゃんの代から続く古くて汚いよくある中華料理屋だけど、おかげさまでそこそこ繁盛している方だと思う。
古い油やビール瓶の中を嗅いだような独特な匂いが漂う店裏で、ビールラックを裏返した簡易イスに座り込みながら束の間の休息を得ていた。
秋も終わりに近づいているのに店の裏の空気はどことなくムワッと暑苦しい。
「あんたがそれ言うの珍しいね。結構キテる?」
「キテる。チャーハン作りすぎてチャーハンになりそう。」
ドンドコとカラオケの音が響くスマホから聞こえる親友の声は半笑いだ。うらめしい。
今日は特段忙しいことを理由に店に駆り出されて鉄鍋を振り続け、はや数時間が過ぎていた。
中華料理屋の娘として幼い頃から鍛えられた私の腕は中々の物だ。
近頃好評の特製チャーハンがみるみる仕上がっていく。
でも、チャーハンの腕と引き換えに差し出されたものは大きい。
鉄鍋を振るう豪腕、中華の強火さながらのお節介焼きで暑苦しい性格。女子としてみてもらえない経験は数知れず。
たとえば中学の時、バレンタインに勇気を出して作ったクッキー。
「チャーハンの味がするんじゃね?」
とからかわれて受け取ってもらえなかった時はさすがに落ち込んだ。
全員から愛されたいなんて贅沢なことは言わない。たったひとりでもいい。
誰かに恋される、そんな女の子になりたい。可愛いねって言ってもらいたい。
ぽんわりと中まで火が通った、心が温まるような甘やかな恋がしたい。
そう、まるで焼きたてのスイーツのような。
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