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でも、相変わらず今私と共に在るのは本場の強火チャーハンだった。項垂れは深い。
「あと少しでピーク終わるから、そしたらダッシュで行く。」
「おっけー!早く来いよ、チャーハンガール!」
ゲラゲラと笑いながらサヤカは電話を切った。
“誰がチャーハンガールだよ!”
いつもならそう突っ込むけどクタクタでそんな気力も無い。
今年入学した高校でついうっかり「体からチャーハンの匂いがする気がする」なんて言ってしまったのが原因だった。
脱・暑苦しいを掲げた高校デビューが水の泡になった。
チャーハン臭い暑苦しい女の子が好きなんて言ってくれる人は、きっといない。
そんな悲壮感を抱えながら無心で鉄鍋を振るっていたらピークも終盤に入っていた。
ご馳走様でしたー!という声を最後に、店内にはつけっぱなしにしたテレビと大型食洗機のジャバジャバと鳴る音だけが響く。
仕事は終わった。さっさとカラオケに行く。
エプロンを脱ぎながら店の奥に引っ込み始めたら、ギュルギュルと店の引き戸を開ける音が聞こえた。
らっしゃい!というパパの威勢の良い声が響く。
ちらりと振り返ると同じ高校の男子制服が見えた。カウンターの椅子を引く音は一人分。
一人だったらパパだけで何とかなる。改めて撤収の意を固めると、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「餃子とレバニラと・・・今日のおすすめは何ですか?」
首から抜きかけたエプロンを勢いよく戻し、店の中に駆け戻った。
この声は知ってる。涼しげな初夏の風を運んできそうな声。
私が今越えたい、山。
カウンター前に出るや否や、思わず叫んでいた。
「チャーハンです!!」
薄い茶色の綺麗な瞳が少し見開かれたけど、すぐにいつもの低温度の伏目に戻った。
「持田さん、なんでここに居るの?」
「いや、うちの店だから!ていうか倉谷君が来る時だいたい居るから!」
これでもかと冷めてる雰囲気のこの人、同じクラスの倉谷君。
ふわふわの焦茶色の髪に白い肌。子守唄のように凪いでいる低めの声。滅多に笑わない目元には小さな泣きぼくろ。
纏う空気は低温で、早朝のひんやりとした空気を思わせた。
でも、そんなひんやりボーイもアツアツ中華の魅力には抗えないらしく倉谷君はうちの料理をよく食べに来る。
よく来るのに私のチャーハンは絶対食べない。
チャーハンが嫌いなのかもと尋ねてみたけど、チャーハン自体は好きらしい。
“今日はチャーハンの気分じゃない。”
そればっかり。
そこまで食べないと言われたら食べさせたい。
最近はムキになっていてどうすれば倉谷君がチャーハンを食べてくれるか、ひそかにチャーハンのアップグレードに努めていた。
一度火がついた決意は燃え上がり続けている。
チャーハンなんてもう作りたくないと言いつつ、今や私のチャーハンは至高の領域に近い。
「俺、いつもチャーハン食べないって言ってるよね?やんわり断るのも面倒になってきたんだけど。」
「やんわり断ったのとか最初だけだったじゃん!この前とか普通に“いらない”って言われたんだけど!?」
「覚えてるじゃん。」
倉谷君はいつものように伏目がちで、さらりとチャーハンをかわす。
そんな倉谷君にめげず、休憩に入ったパパの代わりに倉谷君の注文を取るという名の粘りを見せる。
今日こそはチャーハンを食べてもらう。
「まあまあそう言わずにさ、今日は月に一度のチャーハン増量デイだよ!どう?」
「別にたくさん量を食べたいわけじゃないから。いらない。」
「寒くなってきたしニンニク増し増しで免疫力アップしちゃう!?」
「明日学校行けなくなるじゃん。結構です。」
「じゃあおまけに手作りクッキー付けちゃおうかな!昨日私が作ったやつ。特別感ある〜!」
「店で出してるものと関係ないよね?頂けないです。」
「あのね倉谷君、今日私のチャーハン食べなかったら明日良くないことが起こるかも・・・。」
「俺スピリチュアル信じない派だから。ていうかそういう脅しは嫌いです。」
頑なすぎるぞ倉谷君。こうなれば最後の手段。
「出血大サービスで!今日チャーハンを食べると私とデートできる券を贈呈します!」
「・・・それお互いに得が無いよね。」
「・・・そうですね。」
さすがに自分でもどうかなと思ったのであっさり引き下がった。
ちょっと待ってと次の案を考え始める。
そんな私を見て倉谷君はからかいの笑みを浮かべた。
「チャーハンガールは諦めが悪いなあ。」
「誰がチャーハンガールだよ!」
「そのツッコミはちょっと面白いよね。」
このやりとりも何度したことか。チャーハンガールの名は今やクラス中が知っている。
倉谷君が少し肩を揺らしながら堪えるように笑っていた。
クラスでも低温で涼しげな雰囲気の倉谷君だけど、店ではたまにこんな風に笑うようになった。
冗談を言って笑う倉谷君の泣きぼくろはキュッと引き上がっていて、ずっと見ていたくなる。
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