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「持田さんさ、どうして俺にそんなにチャーハン食べさせたいの?」
うんうんと頭を唸らせている私に倉谷君はおもむろに尋ねた。
「どうしてって、倉谷君いつも美味しそうにうちの料理食べるし・・・」
「食べるし?」
倉谷君が先を促す。
「あと、うちの料理食べたあとちょっと元気になって帰ってくれる気がするから。」
伏目がちだった倉谷君がパッと顔を上げてこちらを見た。不意に目が合う。
「だから、私のチャーハンを食べてもっと元気になってほしいなって。」
真っ直ぐ倉谷君を見つめて告げたのは、正直な気持ちだった。
倉谷君がうちの店にご飯を食べに来る時、いつもどこか元気がない。
でも、食事を終えて出ていく時は心なしか表情が明るい。
私のチャーハンを食べてもっと元気を出してくれたらと思ったのが最初のきっかけだった。
でも、私の言葉を最後に空気が俄に張り詰め始めたことに気づいた。
やらかしたかも、と思った時にはもう遅かった。
少し間が空いたあと倉谷君は額をさすりながら下を向き、口からは乾いた溜め息が漏れる。
「・・・それって結局持田さんのエゴだよね。」
冷たい声が響く。
「何回もゴリ押しされるの暑苦しいからやめて。」
はっきりとした拒絶が言葉からも声音からも現れていた。
いつになくキッパリ断られ、迷惑だと明確に突き放されたのが痛いくらいよくわかった。
いつもそうだ。良かれと思ってやりすぎて、暑苦しいと突っぱねられる。
元気がなさそうなんてただの勝手な思い込みで、エゴだと言われても何も言い返せない。
反省とショックが同時に訪れて上手く言葉を続けられなかった。
倉谷君を直視できなくて思わずフイと目を逸らすと、店の壁にかかった先代のおじいちゃんとおばあちゃんの写真が目に入った。
おばあちゃんの言葉が頭をよぎる。
“料理が美味い店ってのはいっぱいある。どうすればもっと美味しく食べてもらえるか、頭を使うことが本当の腕の見せ所だよ!”
そうだ、ごめんおばあちゃん。
こんな空気はダメだ。ご飯が美味しくなくなってしまう。
おばあちゃんの教えを反芻し、中華料理屋の娘としてのせめてもの矜持がなんとか心を立て直す。
「暑苦しくないし。元気いっぱいなだけだし。」
なるべく冗談ぽく聞こえるように、ぷいっと顔をやって場を立て直す。
倉谷君は口を手で覆った頬杖をつきながら店の入り口の方に顔を背けて黙っている。
「で、餃子とレバニラと何にする?今日は天津飯がよく出たよ。寒くなってきたからかな?」
食べたいものを食べるのが一番良いに決まってる。今日は倉谷君の食べたいもの、何でも作ってみせる。
ペラペラ喋りながら調理の準備に入ろうとする。
「・・・チャーハン。」
ぼそりと倉谷君がつぶやいた。
「餃子とレバニラと、チャーハン。ください。」
伏目がちだった目がチラリとだけ私を捉えたけど、すぐに逸らされる。
何を言われたのか瞬時に理解できなかった。一瞬の静けさにテレビの音がやかましく響く。
「聞こえなかったの?餃子とレバニラとチャーハン!」
倉谷君は念を押すように少しだけ声を張り上げた。じろりと上目遣いでこちらを見上げる倉谷君の顔は、見たことのない表情だった。
こんな顔するんだ、倉谷君。
意外な表情に思考を引っ張られそうになったけど、今はそんなことより何より。
ついにきた、この瞬間。
「聞こえた!聞こえました!餃子とレバニラとチャーハン、よろこんでー!」
高らかに答えて厨房に向かう。
材料をせっせと準備しながらも倉谷君が気を遣ってくれたであろうことはなんとなく感じていた。
ありがとう倉谷君。人生で一番美味しいチャーハンを作ってみせるからね!
気合を込めて鉄鍋を振るいつつもやっぱり少し申し訳なくて、から揚げをおまけでつけることを考えていた。
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