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前奏曲
小学3年生の時、ついにピアノコンクールに出てみないかと言われた。緊張したら手の震えが止まらなくなって、毎回ボロボロの演奏になる僕なんて、コンクールという大きな舞台に出れるわけがない。だからずっと断ってきたのに。平川先生は中里先生に僕がコンクールを嫌がってるってこと、言ってなかったのかな?
僕のピアノの先生である平川先生は産休のため、今は代理の中里先生が担当している。平川先生と中里先生は一緒の門下生らしく、長い付き合いだそうだ。
「そーすけくん、すっごく上手だから、ぜひコンクールで弾いてほしいな」
「いやです。きんちょうしてうまくひけません」
そうやって駄々をこねていると、隣の部屋から優しい音色が聴こえてきた。どこかで聴いたことがある曲。あ!○田胃酸のCMだ!
「せんせー、この曲、なんていう曲?」
「ショパンの前奏曲です」
「へぇー。○田胃酸っていう曲じゃないんだね」
「アハハ!確かにそのCMで流れてる曲だけど、本当はお名前があるのよ。そうだ!今回のコンクールはショパンコンクールにしましょ?ちょうどこの曲が課題曲の中にあったはず」
「でも、ぼくは出たくありません」
僕の声はどうやら先生の耳の右から左に流されていったらしい。
「はい、これ!これがさっき言ってた曲の楽譜よ」
先生の瞳の奥が炎上している。バンバン鍛えてあげるわよと言っているような感じの熱さに火傷しそうで、僕はその場を逃げだしたかった。
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