前奏曲

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結局先生の熱意に負け、コンクールに出場することになった。コンサートに出るのは好きだけど、コンクールとなると、なんか窮屈で、技術や表現力重視で楽しく弾けない感じがして…。 でも、これまでとは違う曲の解釈の奥深さを学ぶ部分もあって、勉強になるなぁと感じて、だんだん楽しくなってきていた。 迎えたコンクール当日。予選では、自分と同じ年代の子から年下年上の子までが緊張した面持ちで出番待ちの椅子に座る。1番の子から演奏が開始されて、同じ曲でも表現の仕方が違っているのを感じ取ると、自分の曲の解釈は合っていたのだろうか、表現はちゃんと伝わるのだろうかと不安ばかりが募っていき、肩に力が入り手が震えだした。 いよいよ次が自分の番となる前に、小柄な女の子の音を聴いた僕は身体中に衝撃の波紋が広がっていた。なんだこの心の奥底まで楽しくなる響きは!? 細く小さな指から奏でられるその音は、虹色の音符たちが馬や犬と楽しく踊っているようだった。なぜ虹色に感じたかというと、虹を見た時の感動と同じ、希望と夢に溢れた輝きを感じたからだ。ピアノを聴いてこんな風に感じたのは初めてだ。 ちなみに、あの子が弾いていたのは、ブルグミュラー作曲の『貴婦人の乗馬』とショパン作曲の『子犬のワルツ』という曲。僕もこの曲を弾いたことがあるけれど、こんなに魅力的に弾けなかった。 気がつくと舞台袖から女の子の指を凝視していた。どうやったらあんな響きが生まれるのか知りたかったんだ。次が自分の出番だというのに、無謀にも弾き方を真似してみようと思った。でも、自分がやってきた練習の弾き方とはまるで違い、すぐに真似できるはずもなく、僕は予選敗退となり、あの子は県大会へと通過した。 先生に、僕の前の女の子の演奏が忘れられないくらい衝撃的なうまさだったと伝えたら、「あの子は昨年も賞を獲っていたよ」と。やっぱりと思った。 これが、忘れられない女の子との初めての出会いだった。 いつか、あの子のように、人を魅了させるような音を奏でられるようになりたい。ここから僕のコンクールへの挑戦が始まった。
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