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翌朝、椿が出勤して廊下を歩いていると、2階から何かを破るような音がした。何事かと階段を見上げていると、工藤が声をかけてくる。
「おはよう、河合さん」
「おはようございます、所長。2階に誰かいるんですか?」
「灯火灯矢だよ。今呼んでくるから、河合さんはリビングで待ってて」
「分かりました」
未だ見ぬ新人に少し緊張しながら、リビングに行く。
リビングといっても、手前から応接用のソファがテーブルを挟んでふたつ並び、ふたつのデスクが向かい合って置かれ、それらを見渡せるように、奥にもうひとつデスクがある。小さなオフィスのような空間だ。
椿はキッチンに行って3人分の珈琲を淹れると、ちょっとした茶菓子と一緒に持っていき、テーブルの上に並べる。自分と工藤は定位置に、灯火の分はその向かいに。
椿がソファに座ったところで、ふたつの足音がこちらに近づいてくる。足音が近づくにつれ、椿の背筋も伸びていった。
「やぁ、お待たせ。珈琲淹れてくれたんだ? ありがとう」
工藤はテーブルの上を見て、嬉しそうに目を細める。珈琲ブレイクを愛する彼は、珈琲がそこにあるだけで上機嫌になる、扱いやすい性格をしていた。
「こちらが新入りの……。こっちに来てくれないかな、灯火先生」
「誰が先生だ、ふざけんな」
声を荒げながら入室してきたのは、昨日の帰りに迷子になっていた青年だ。昨日と同じく、耳はピアスだらけで、黒髪もハーフアップにしている。どういうわけか、白衣を着ていた。
「あなた、昨日の……」
驚いて声をかけると、青年は椿を見て目を見開き、ため息をつく。
「昨日はどうも」
そっけない対応。昨日の”明るくて可愛い青年”という印象が、音を立てて崩れていく。
「とりあえず、座ろうか」
工藤に促され、灯火は再びため息をつき、椿の向かいに座った。彼の隣にはふたつの紙袋が置かれている。片方はA4サイズで、ワインレッドの小洒落た紙袋。もうひとつは細長い、モスグリーンの紙袋だ。
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