パーツ紛失事件

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「言っておくが、俺は自分の意志で話すって決めたんだ。所長殿に言われたからじゃない。  それに、いい加減決別したいしな」 「決別?」  灯火は鍋に牛乳と刻んだチョコレートを入れると、火をつけてゆっくりかき混ぜた。 「俺が髪を伸ばしてるのは、女に間違われるため。女だと勘違いすれば、捕まることもないからな。それに、顔もすぐに隠せる。  けど、いつまでも子供だましみたいな方法で逃げられないし、いい加減切りたい。  おそらく、今回の犯人は幹部の残党だと思うんだ。そいつさえ捕まったら、俺の顔を知ってる奴はいなくなる」  きっと、今まで怯えて生きてきたのだろう。これは勝手な推測だが、彼が人間アレルギーになったのは、宗教のせいかもしれない。  そう思うと、やるせなさで言葉も出ない。 「ん、できた」  灯火の独り言に顔を上げると、キッチンは甘い匂いでいっぱいになっていた。少し前から甘い匂いはしていたのだろうが、考え事をしていて気づかなかった。 「マグカップとトレーを取ってくれ」 「はい」  椿が3人のマグカップをトレーの上に並べると、灯火はホットチョコレートを流し込む。茶色の液体がマグカップに流れ落ちる様は、見ているだけで幸せになる。 「さて、行くか」  灯火はトレーを持ってリビングに行くと、ソファに座り、テーブルにホットチョコレートを並べた。自分の前にひとつ、ふたりの分は向かいの席に。 「ちゃんと整理できたかい?」 「まぁ、なんとなくは」  椿と工藤が向かいに座ると、灯火はホットチョコレートをひと口飲み、気持ちを切り替えるように「さて」とつぶやく。 「まず、俺の家族の話からするか。子供の頃、両親は離婚して、俺は父親に引き取られた。父親、俺、父方の祖父母の4人で暮らしていたんだが、父親が家にいたのは、俺が小学5年生になる頃まで。  中学2年生の夏、父親は借金苦で自殺。ギャンブル依存症だったらしい。借金取りがうちに来ないように、違うところで暮らしていたらしいが、結局、借金は祖父母が払うことになった」 「その頃は、輪廻学会とは無縁だったのかい?」 「父親はどうかは知らないが、少なくとも祖父母は無縁だったな」  灯火は宗教に関わる前から、想像を絶する苦労を重ねてきた。人生の不平等さや理不尽さに、腹が立つ。  きっと神などいない。
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