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「あの資料にも書いたが、儀式は満月か新月と決まっている。俺が生贄に捧げられたのは、満月の夜だった。
儀式の3日前から、さらなる浄化の為に食事をさせてもらえなかった。口にできるのは水だけ。
儀式当日は意識朦朧としていたから、あまり覚えていない。けど、真っ白な部屋と、赤黒い魔法陣が床に描かれていたことは覚えてる。
確か、目隠しされて、手足も拘束されたと思う……」
灯火の語気が、徐々に弱まっていく。不思議に思い、工藤と顔を見合わせる。工藤も、困惑気味の表情を浮かべていた。
「拘束は……、どうだろう? けど、目隠しされたのは事実だと思う。極度の空腹とノイローゼで、普通の状態ではなかったからな。
教祖が呪文を唱えてる最中に、急に騒がしくなった。
警察が、御堂さんが来てくれて、助けてくれたんだ。その後、俺はしばらく入院してた」
御堂の話をする灯火は、どこか楽しそうだ。御堂を尊敬しているのは、目を見て分かる。
「確か、君はよく交番に通ってたんだってね? それは何故?」
「そういや、そうだったな。祖父母が入信してからは、小遣いもなかったし、まともな食事ができなかった。
家に帰れば輪廻学会の話ばかりで帰りたくなかったから、散歩してたんだ。
疲れて橋から川を見下ろしてたら、御堂さんが慌てて駆けつけたんだ。俺が自殺すると思ったらしい」
当時のことを思い出しているのか、灯火は目を細め、口元に弧を描く。
「自殺じゃないって分かっても、死にそうな顔をしてるからって俺を心配してくれて、親身になって話を聞いてくれた。
ごはんもまともに食べられてないと知ると、『僕は安月給だから、そんなにいいものは買ってあげられない。スーパーで値引きしてるやつならご馳走してあげるから、学校が終わったらうちにおいで』って言ってくれて……。
俺の好き嫌いをあらかじめ聞いといて、俺が来る時間までには、割引された弁当を買っておいてくれてたんだ」
心温まるエピソードに、目頭が熱くなる。散々な目にあってきた灯火にも救いがあったのが嬉しくて、涙を零す。それに気づいた灯火は、苦笑しながらティッシュを差し出してくれた。
「涙もろいんだな」
「すいません……」
涙を拭って向き直ると、灯火は背もたれに寄りかかり、ため息をつく。
呆れられただろうか?
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