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薄暗く狭い部屋の中央に寝台が置かれており、その上には若い女性の遺体が横たわっている。遺体は服を着ていない代わりに、白百合に囲まれ、花の香りがむせ返りそうなほど充満している。
百合の隙間から、肩の継ぎ目が見えた。腕には引っかき傷が大量にあって痛々しい。足はすらりと細長く、細さ故に、胴体の傷跡よりも細いため、胴体の肉が見えてしまっている。
眠れる森の美女よろしく、瞼を固く閉じているが、可愛らしい顔をしている。口元のほくろはチャームポイントだろうか。
遺体の顔がちょうど見える位置には革張りの上質なひとり掛けソファが置かれており、そこには恍惚の表情を浮かべた男が座っている。
男の目線の先には、スマホ。スマホには、昨日来たふたりの客人が映っている。
若い男女の刑事だ。男は家を任せた者から連絡を受けると、急いで帰ってきたのだ。
「もうすぐ君と愛し合えるんだね、椿……」
男は遺体の手を取り、そっと口づけを落とした。
午後、椿は灯火と共に今井の家を訪ねた。インターホンを押すと、夫人がぎこちない笑みを浮かべて出迎えてくれる。やましいことがなくても、警察が来ると過度に緊張されてしまうのは、悲しいが仕方ない。
リビングに案内されるが、今井氏の姿は見えない。進められたソファに座って待っていると、キャラメル色のベストを着た中年男性が来て、ふたりの向かいに座る。
白髪混じりの髪をオールバックにし、人に安心感を与える、優しい笑みを浮かべている。彼が今井直政。写真で顔は知っていたが、こうして直接会ってみると、柔らかな雰囲気で、一緒にいるだけでホッとする。
「待たせてしまってすまないね。本当は温泉にでも行こうと思ってたんだけど、家内から連絡が来て、急いで帰ってきたわけだ。
いやぁ、君たちも大変だね」
今まで嫌な顔をされたことはあったが、労いの言葉をかけられたのは初めてだ。嬉しさで胸がいっぱいになる。
椿は礼を言うと、今井夫人にもした質問を今井氏にもした。彼は夫人とほとんど同じように答えた。
「元外科医の、紺野真司という男性をご存知ですか?」
ダメ元で紺野の名前を出すと、今井は懐かしむように目を細めたのち、悲しそうに目線を落とした。
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