パーツ紛失事件

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「もう、本当に勝手なんだから」  呆れ返りながらも、椿は言われたとおり、カイロを購入しにドラッグストアへ行く。割と近くにあるため、そこまで待たせることはないと思うが、あまり待たせるとどやされそうだ。  急いでフードコートに行くと、灯火は出入り口付近に座っていた。見つけやすいところにいてくれたのはありがたいが、彼の両手にはアイスが握られていた。 「すぐ近くでよかったな。チーズケーキベリーとショコラオレンジ、今ならどちらか選べるぞ」 「何やってんですか……」  聞き込みの帰りで、報告をしに帰らなければいけないというのに。気が抜けてしまい、文句を言う気力すらない。 「はやく選べ。溶けるだろ」 「……では、チーズケーキベリーで」 「ん」  椿はアイスを受け取ると、灯火の向かいに座ってアイスを頬張る。寒い季節にあたたかい部屋で食べるアイスは格別だ。 「これ食べたら、急いで帰りますからね」 「分かってる。なぁ、お前は明日、俺が紺野の家に行くのを反対するか?」  灯火の問いかけに、アイスを食べる手が止まる。本当は反対だが、言っても聞き入れてもらえないのは分かっている。  それなら、灯火を守れるように努力すればいい。もっとも、灯火の武力は、椿を大きく上回るので、彼自身がどうにかしそうだが。 「どうなんだ?」  なかなか返事をしない椿に痺れを切らしたのか、灯火は再び問う。 「……私は、反対です。けど、灯火さんが決めたことなら仕方ありません。だから、私なりに最善を尽くそうと思います」 「そうか」  ポツリと言ってアイスを頬張る灯火は無表情で、感情が読み取れない。  アイスを食べ終えて帰宅すると、工藤はにこやかに出迎えてくれた。てっきり遅いと怒られると思っていただけに、気が抜ける。  思えば、工藤に怒られた記憶はない。 「どうする? 今日も外食する?」 「いい、俺が作る」  灯火はキッチンへ行く。 「帰ってきた時間といい、荷物といい、デートでもしてきたのかい?」 「違います。灯火さんが、明日に備えて買ったんです」  茶化す工藤に真面目に答えると、椿は報告をする。工藤は相槌を打つだけで、口出しをしない。おかげで喋りやすいが、少し不安になる。 「なるほど、紺野は結構厄介な恋をしてたんだね……。特に田舎だと、他人に口出ししたがるからね……。恋はもちろんのこと、仕事や趣味、家族構成……。挙げ句の果てには通勤ルートにまで口出しするらしいよ……」 「流石にそれは大げさじゃないですか?」 「僕もそう思ったんだけどね、田舎に住んでる知り合いの家に行ったら、僕の年齢、出身地、仕事や趣味、今住んでる土地や乗ってる車、色々聞かれたから、あながち間違ってないかも……」  工藤はげんなりしながら言う。にわかに信じがたい話だが、工藤はその手の嘘を吐く人間ではない。
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