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これがただの革張り椅子なら、椿は激怒しただろう。
どういうわけか、椅子はこちらを向いている。手すりや背もたれに、拘束ベルトと首輪がついている。
「こっちも、見てごらん」
壁を指差す工藤。壁には複数の手錠や目隠し、足枷にスタンガン、謎のスイッチなどがあった。どう見ても異常だ。取調室というより、SMルームといったほうがしっくり来る。
「なんですか、これ……」
「彼には、こんな環境が必要なんだよ。その才能故にね」
いったいどんな才能を持っていたら、こんな物騒なものが必要になるのだろうか? そもそも、才能というのはその人のプラスになるもの。マイナスの環境を必要とするものは、本当に才能だろうか?
「灯火さんの才能って、なんですか? 文才、ではなさそうですけど」
「それは本人から聞くといいよ。僕から聞いたんじゃ、きっと信用できないから」
まただ。工藤は寂しそうに笑う。ふたりになにかあったのではないかと邪推するが、灯火灯矢の情報が少なすぎる。
「今日は疲れただろう? 急ぎの仕事はないから、今日は帰るといい」
気遣っている言葉に聞こえるが、響きが「もう帰ってほしい」と訴えているように思えた。まだ納得できないことがたくさんあるが、椿自身も精神的に疲労が溜まってしまった。
「分かりました、お言葉に甘えて帰らせていただきます」
「気をつけてね」
工藤は拘束椅子の背もたれに触れ、こちらを見ずに言った。椿は「お疲れ様です」と一礼し、帰路を辿った。
「はぁ、分からないことばっかり……」
大量の本、灯火灯矢というアマチュア作家、寂しそうに笑う工藤、拘束椅子……。それらが椿の頭の中でぐるぐる回る。それらは繋がっている。だが、どう繋がっているのか皆目見当もつかない。
もどかしさでどうにかなりそうだ。
十字路を右に曲がると何かにぶつかり、尻もちをついてしまう。
「いった……」
「大丈夫か?」
気だるげな低い声が降り注ぐ。顔を上げると、椿と歳が近そうな青年が手を差し伸べてくれていた。
「あ、ありがとうございます」
その手を取って立ち上がらせてもらうと、青年が意外と高身長だったことに気づく。声同様に気だるげな垂れ目、右目の下には泣きぼくろがある。耳にはインダストリアルピアスという棒状のピアスが大量に突き刺さっており、近寄りがたい雰囲気がある。
「お姉さん、ここら辺の人?」
「えぇ、まぁ……」
「ちょっと道を聞きたいんだけど、いいかな? スマホの充電切れちゃって」
青年は薄手の黒コートのポケットから、キープアウトテープがプリントされた黒い手帳型ケースを出してみせた。
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