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2021年11月9日
仕事が終わって疲れていた。22時半に近い時間、駅の改札を通りエスカレーターで降りていたら、ホームに立っていた職場の大学生バイト2人と目が合った。一度目を逸らした。何を話そう、話題が浮かばない。2人と逆の方に歩きだそうか、いや2人は私が認知したことに気づいている。エスカレーターを降りた時、2人との距離感は微妙だった。何も考えず何の心遣いもないまま「(仕事で疲れて)ぼーっとしてます。」と話しかけたら女のバイトが「悲壮感が漂ってますね。」と言った。「大学の友達にも言われた。」と返したら2人は笑ってくれたが何が面白いのか分からなかった。ウケたこと自体に喜べば良かったのだろうが一回り年下のバイトに心配をかけて申し訳ないという気持ちが去来し、改めて何を話していいか分らなくなった。変な空気のまま変にヘラヘラ笑ってお互いお疲れ様ですと言い合った。
バレていると思った。やはり、当然、バレていると思った。
生命を燃やして事に当たっているか?
と問われれば、そうだと断言できないだろう。
電車に乗った。2人と離れた鈍行の横に長いソファーに座ろうとした。ソファーの上に茶色い紙袋が置いてあった。袋の左隣に男が座っていたので袋の右側に座った。袋と男の距離がやや離れているのが奇妙だった。次の駅で男が降りた。どうやらこの袋は男の物では無いらしい。その場の誰の物でもない。忘れ物だった。興味が湧いたので中をのぞいてみた。小さな海老天を巻いた海苔巻きと少々高そうなお菓子が入っていた。ぼんやりしていた。ここでこの袋を駅員に届けたとしても食品はすぐに傷んで廃棄されるだろう。棄てられるくらいなら胃袋に入れてしまった方がマシだ。バイトの2人に見られただろうか。いや見られたところで一体何になるというのだろう。最も重要なところがバレてしまっているのだから大した問題ではない。そう思って袋を掴み、引き寄せた。
自宅最寄りの駅から道路へ出た。歩いていると言葉が浮かんできた。
廃棄される位なら胃袋に入れた方がマシだ
という考えは窃盗の正当化につながる。正しいのだろうか。いや正しくないだろう。だがそれでいいのだろう。正しさが個人を救うか?
道端に腐った食べ物があふれ出している、気がした。誰かがうっかり落とした食べ物だ。コンクリートで覆われているこの町では腐った食べ物がいつまでも土に還らず白いシミになっていつまでも残っている、気がした。そうなる位なら食べ物は最も身近な自然物である人体に還した方がいい。
アパートに帰った。海苔巻きを食べた。冷蔵庫から日本茶を出して、コップに注ぎ、流し込んだ。お菓子の包みを取った。半径15センチメートル位のバームクーヘンだった。包丁で切り分けていく時、バームクーヘンだと思った。罪悪感が体に染み込み始めていた。
誰がどんな気持ちで、誰を想ってこれを買ったのだろう?
1人で食べる量じゃない。スマートフォンで電車の紛失物が食品の場合はどうなるのか調べた。やはり廃棄されるらしい。
バームクーヘンを食べた。美味しいバームクーヘンだと思った。
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