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第十五話 起きたことと原因
“あの時”、六堂は夕紀の雷の魔法を帯びた刀で、病院の壁を叩き斬った。
蒼い光と迸る電光が、六堂の人とは思えぬ力強い飛び込みとその速度に、一瞬遅れて太刀筋となって夕紀の目に映った。
軍刀を真っ二つにしたのと“同じ動き”で力強く振られた刀。
その時だった。全く予期せぬことが起きた。
爆発を起こしたのだ。
物凄い音を立てて火と煙が六堂を巻き込んだ。
「六堂君っ!」
夕紀は叫ぶが、爆風が自分達にも襲い掛かり、瞬時に氷の魔法で壁を作って脩を守った。
爆煙は建物の外の敷地にまで広がり、音に驚いて出てきた近所に住む人や、病院の前の大通りを行き交う人や車も何事かと、その移動を止めた。
廊下の煙と埃を風の魔法で吹き飛ばす夕紀。
「脩、大丈夫!?」
ゲホゲホと咳き込む脩だが、(大丈夫)と頷いた。
「六堂君は…」
爆発した方を見ると、煙の中から六堂が飛び出てきた。
「くそ、何なんだ…」
額の血を拭う六堂。体から煙を吐いているように見えた。
六堂の“フルスイング”の威力に夕紀の魔術を加えた力は、呪いの結界を一時的にこじ開けるに十分だったと言えた。
しかし爆発はまた別のこと。閉院する際の病院側のいい加減な後始末が、偶発的に起こしたのだ。
薬や医療道具の在庫が、まとめて放置してあったのだが、そこに医療用酸素ボンベが六本ほどあったらしい。
“らしい”というのは、消防と警察の調べを後から聞いて知ったことだからだ。
劣化していたボンベが、振った刀から勢いよく飛び散った雷に触れて爆発を起こした。
“予想以上の破壊”に、三人の脱出は容易だったことは言うまでもなかった。
近隣住民の通報を受けて、病院の周辺はあっという間に、パトカーや消防車の回転灯で真っ赤に染まった。
そんな所に“刀を持った人物“がいていいわけもなく、六堂は、夕紀と脩を連れて少し離れた裏路地まで逃げた。
夕紀はそこで気を失った。強い呪いに心身共にと取り憑かれた影響である。
「んー…何となく…その辺までは憶えてる…」
ベッドの上で話を聞いていた夕紀は、そう言った。
六堂は、近くの公衆電話から、ある人に連絡をつけた。それが、今いる倉庫の所有者の女性、坂崎 涼子だ。
涼子という女性には二つの顔があった。
一つは裏社会で噂されている最強戦士にして六堂の師匠。
もう一つ顔は、坂崎“刑事”。階級は巡査長という立場である。
「…お前、なぁにやらかしたんだ!?」
連絡を受けた涼子は、そこからでも騒めきが聞こえ煙の立つのが見える中島病院に、心配より少し怒り気味の顔で六堂に迫った。
しかし、詳細に事情を聞くと、涼子はため息をついて、もう少し人目につかない所まで車で運んでくれた。
六堂はそこから意識のない夕紀を担いで、埠頭まで運んだのだった。
涼子は、脩を”保護した前提”で、爆発の現場に合流した。
聞き分けのいい脩は、上手く六堂や夕紀のことを隠して、肝試しの件を警察に話した。といっても、建物の中で起きたことをそのまま話したところで、信じてもらえはしなかったろうが。
脩の話を元に、建物の調査が始まった。
消防、警察の調べでは、放置された酸素ボンベが爆発の直接の原因であることは判ったが、“引火した原因″は不明とのことだ。
三人の子供たちの捜索もされたが、裏の金網に残された自転車と、地下に落ちていた懐中電灯以外、本人たちが見つかることはなかった。
「霊や呪いの力は、魔法とはまた異質ではあるが、物理法則を無視したことが出来るエネルギー体なんですよ。“霊に連れ去られる”なんて言い方はあながち間違いでないのです」
夕紀の呪いを解くために来てくれた福田牧師はそう言った。
軍服の男の霊が、本物の軍刀を持っていた理由もそういった力のためらしい。
ちなみに、折れた“あの軍刀”は、六堂の言った場所にはなかったと、涼子が教えてくれた。
涼子の話では、調査のために電気を開通させ、建物は五年ぶりに灯りが見えていたらしいが、軍刀だけではなく、脩の言うようなものは何もなかったらしい。
何が切っ掛けで、中島病院があれだけの呪いを持つようになったかは、実際のところ判らない。
「そもそも負の念を持つ悪霊も呪いも、変な言い方だが、“その本人”だけが知ることだ。生前の出来事だから、本当のところ、今を生きる他人が知る由もない」
福田牧師の推測では、戦争時期に起きた一つの呪いが、少しずつ人を巻き込み、年月を重ねて、大きくなったのではという見解だった。
霊や呪いは人を誘い、誘われた人間は取り込まれ、新たな負の力となり、次の人間を招き入れるために操られることもしばしばあると言う。
「じゃ、脩が地下で見たっていう“侵入出来ること”を教えた恵一って子…」
「ああ、まさにそうだろうってさ」
”風邪で休んでいた”のではなく、すでに操られた屍だったのだろうと。脩たち四人をあの場に誘い入れるために。
脩は検査入院のために警察病院に運ばれたが、身体には大きな怪我はなかったものの、その晩は泣いて叫んでを繰り返し、鎮静剤を投与するも効き目がなかったらしかった。
母親はとても心配したが、“カウンセリング”という理由で、来てくれた福田牧師が脩に聖なる術で、憑いていた呪いと、精神の癒しの法を施し、落ち着きを取り戻した。
しかし、“三人の友達が帰って来ない”という現実は消すことは出来ない。脩はその重荷を背負って行かないといけない。
もちろん彼に罪はない。子供の冒険心が生んだ事故だ。
ただ、あまりに大きな“事故”だ。
色々と話を聞いてる内に、夕紀は瞼が重くなってきていた。
半目になる彼女の顔を見て、六堂は椅子から立ち上がった。
「…待って」
夕紀は小さな声でソファーに戻ろうとする六堂を止めた。
「寝ろよ、部屋にはいるから」
今にも眠りに落ちそうだが、もっと聞きたいことがあった。
どうしてあの場所に現れたのか、薄蒼く光る刀のこと、人間離れした強さ、幽霊の動きにも反応できる反射神経…。
夕紀は六堂のことがとても気になっていた。
「眠る前に一つだけ…」
もう殆ど目を瞑っている夕紀は一言そう言った。
「いいよ、何?」
「…銃のこと」
「銃?」
「…助けてくれた時、撃った銃。あれ
なぁに?あの悪霊にも効き目あったでしょぉ…」
それを聞いて六堂、(ああ、あれね)とでも言うように笑った。
「あれは先月、バーで出会った、外国人の変な兄弟からもらった弾を使ったんだ」
「…兄弟?」
「ああ、本当か嘘か、悪霊や妖怪の類を退治する専門家だそうで…」
その兄弟からもらった弾丸は、ごく普通の物で、“清めた水”、例えば教会で使う聖水や、日本ならば清酒等でもいいらしいが、そういったもので弾丸やナイフを洗うと、“人ではないもの”に効果があるという話を聞いた。
発砲したのは、その時にもらった六発だった。
「…それでさ、特に兄貴って方がベロベロに酔ってて。だから胡散臭いと思って聞いてた…んだけど…」
ふと夕紀の顔を見ると、静かに寝息を立てていた。
六堂はそんな彼女の顔を見て、毛布を肩上まで掛けて、自分はソファーに戻った。
六堂がどうしてあの中島病院へ現れたのかのは、偶然が重なってのことだった。
あの日、夕紀が“チームに入りやすいよう”、夕飯でも食べながら話でもしようと、誘いに自宅まで向かったのだ。
“これ”はあとから夕紀に嫌な顔をされる話になるが、“どうやって自宅を知った”か…。
着ていた制服が“ 都立浅上高校”であることを知っていた木崎が、夕紀の通う学校のPCに侵入して住所を盗み出したのだ。
(まさにストーカーの所業だ)と怒る彼女に、都内でもハンバーグなら一番の呼び声高いレストラン、“タカノイエ”を予約して、ご馳走するハメになったのは、このあと間も無くの話だ。
そして、夕飯を誘いに行ったあの日の夕方に、夕紀の自宅である骨董品屋“大華堂を訪れるも、誰も出ず。
「何だ留守か…偉大な“宗”と会えるかと思ったけど」
そこに、夕紀と知り合いのホームレス、“ダンさん”が通りかかった。
「何だいにいさん、その家の子と知り合いか?」
あとから聞いたが、ダンさんは、見かけない男、それも刀を持っていて、夕紀を心配して警戒したのだそうだ。
そこで、子供たちのこと、中島病院のことを聞いた。
「あんた、只者じゃあないね…。頼むが、あの子のこと見に行ってやってくれないかい?」
中島病院が、ただの廃物件ではないことを知っていたダンさんは、六堂から感じる雰囲気を見込んでそう言った。
「幽霊に、呪いねぇ…」
話半分なところもあったが、そういったものの“専門家”を名乗った兄弟からもらった弾を試す機会かと、持っていた回転式拳銃に入れ、あの病院に向かったのであった。
ーーしかし、今回はいい経験だった。
専門ではないとはいえ、社会の裏で活動する上で、また悪霊や呪いといったものに出会す可能性はないとは言えない。
それを考えた時、今回の経験が生きることもあるだろうと思った。
そして、六堂の剣技や強さについては、さらにあと…、夕紀は正式にチームに入ってから聞くことになるのだった。
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