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第八話 肝試しに高まる気持ち
「なぁ、誰あのおねえさん?ちょー可愛いじゃん」
「ってか、俺の姉貴と交換して欲しいし」
自転車で四台が連なって走る、四人の小学四年生の少年たち。その中に、夕紀の知る脩はいた。
今通り過ぎた夕紀のことを語った二人は、聡と信二。
聡は中肉体型で、着ているストライプのシャツがピチッとしている、給食は必ずおかわりをする食いしん坊。
信二は、眼鏡を掛けた、クラスでも勉強のできる子だが、少し運動が苦手。
「俺んち片親じゃん。だから小さい時に、お母さん仕事で忙しい時とか近所のお爺ちゃんが家に置いてくれて…その家の孫が、さっきの夕ねえちゃんなんだ」
「へえ、いいなぁ。んじゃあさ、あの人と一緒に寝たりとかさ、あったの?」
そう尋ねたのは、ハンサムな顔立ちの武だ。運動もできて、学年でも女子人気が高い。
「ま、まぁ…お風呂入ったりとか」
脩はちょっと顔を赤くし、でも自慢気に言った。羨ましがる三人を見て、少し調子に乗りたくなったのだ。
「はああ?マジ?」
武は大声で叫んだ。
「何だよ、武、俺らと違ってモテるんだからいいだろ」
「う、うるせえ。同じ小四なんてガキじゃん。さっきのおねえさんみたいな、大人な人がいい。あー、お前マジいいなぁ」
10代の男の子には、一つ上、二つ上でも女子が物凄く大人に見えたりする。
小学四年生の武、聡、信二には、今見た高校三年生の夕紀は、それはもう手の届かない素敵な女性に見えていた。
だが各々が心の中で、夕紀のことで色々想像を掻き立てつつも、この少年らには今から向かう場所への冒険心、好奇心といった高揚感で満たされていた。
彼らが向かっているのは、いわゆる廃病院だ。中島病院という、五年前に閉院した場所で、これからそこに肝試しを目的に向かっていた。
建物だけが残された中島病院は、もともと色々と噂のあったところで、怪談話のような話は幾つもあった。
とはいえ、四人とも幼少の頃は、何度か外来で親に連れて行かれた記憶もあり、馴染みのというほどではないが、真の怖さというよりは、適度な刺激を受ける感覚でいた。
もちろん建物はしっかりと閉鎖されている。通りに面した敷地正面は柵が設置されていて入れないし、建物も施錠されている。
だが先日、一学年上の恵一という生徒から、裏手の金網が破られてる場所があるという話を聞いた。
恵一は、友人と二人、そこから敷地に入り建物にも入れるのを確認したと言った。
恵一はヘラヘラしていた、虚言癖があるいい加減な奴だが、武がその金網の場所が本当にあるか探しに行き、確認していた。
少なくとも敷地には入れることは判ったので、仲良しの脩、聡、信二に肝試しに行こうと声がけをしたのだった。
「こっち、ここ、ここ」
病院が見えてきた。中型病院だっただけあり、建物は大きい。
脩たち四人は、表通りから、建物と建物の間の狭い路地に入った。
しばらく入り組んだその道を曲がって進んでを繰り返していると、病院の敷地の裏手のあたる金網のある所にたどり着いた。
「ほらここ」
自転車を止めてスタンドを立てると、武は、敗れている部分を指差した。
脩たち三人も自転車を降りて、破れた金網を確認した。
「恵一君の話、本当だったんだな」
聡はそう言うと、信二は眼鏡を少し上げて破れた針金の先を観察した。
「何したの?」
脩が尋ねると、信二は苦笑した。
「いや、聡が通れるのかなと」
脩と武は笑った。
「何だよ!バカにするなよ!」
自分の体型をちょっとバカにされた聡は、ムキになって破れた金網の穴を一番に通り抜けた。
しかし、シャツの肩の部分が、切れた金網の先っぽに引っ掛かり少し破れてしまった。
「あー!」
破れた穴を見て残念な声を上げる聡を見て、三人は爆笑した。
「それくらいで騒ぐなって。ほら、忘れてるぞ」
武は、聡の自転車の籠から、懐中電灯を取って金網の破れた穴を通して手渡した。
そして脩たちも、各々、懐中電灯を手に、膝と手をついて金網の破れた穴から、病院の敷地へとはいったのだった。
普通は入れない無人の敷地に入ると、四人でいるせいか、いけないことをしていることに対して、妙に高揚感が芽生えた。
「さ、病院の中に入れるところ探してみようぜ」
武がそう言うと、脩たち三人は頷いた。
少し歩くと、建物はスプレーペイントでの落書きが幾つか目についた。
そして、それらしい所は直ぐに見つかった。建物の裏手、つまり金網を通ってきた場所と、敷地でいえば同じ側の職員専用の出入り口だ。
扉は開かなかったが、その下部の硝子は割れていて、建物の侵入が出来そうだった。
脩は、持っていた懐中電灯で建物の中を照らして見た。
「なぁ、恵一君たちは中に入ったのかな?」
脩が尋ねると、武は首を振った。
「ううん。それ、聞こうと思ったら、なんか最近、風邪で休んでるっぽくて、会えなかったんだよね」
ふうんと思いながら、脩は顔を中に入れて見た。
「うわぁ、暗い、おっかねえ」
無人の建物内で声を出すと、エコーがかかったかのように響いた。
「よし、中に入ろう」
四人は懐中電灯のスイッチを入れて、建物の中へと入ったのだった。
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