第九話 何が起きてるかわからない

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第九話 何が起きてるかわからない

 違和感、それとも気のせいか。  脩は、建物の中に入ってから不自然さを感じた。窓から見える外が一瞬歪んだような気がした。  明るい所から暗い所に入って錯覚でも見たのか?  何度か瞬きをし、目を凝らして外を見てると、先に進んだ武が踵を返した。 「おい、脩…どうした?」  脩は外を見るのをやめ、先にいる武たちの方を向いた。 「え?」 「『え?』、じゃねえよ。まさかビビってんの?」 「あ…いや、そうじゃないけど」 「なら早く進もうぜ」  頷いた脩は三人の歩いてる所まで小走りで進んだ。  物音しない無人の病院は薄暗く、日中だというのに不気味の一言に尽きた。  割れて落ちた蛍光灯を踏む音や、目につくスプレーペンキの落書きは、不気味さをさらに強く感じさせた。  しばらく進むと、受付や、会計をする広いフロアに出た。待合用のビニール製の長椅子等はそのまま放置されている。  四人とも、幼少の頃はここに何度か来た記憶は断片的にあった。熱が出た時や、怪我をした時、母親に連れられて。  ただ、記憶の中ではこの場所には多くの人たちが行き交っていた。  混み合う中、会計や薬をもらうまでの時間は長く、売店や自販機で買ってもらったジュースを飲みながら待ったことを脩はふと思い出した。 「おい、どっちに進むんだ?」  懐中電灯で、施設案内を照らしながら聡は尋ねた。 「やっぱり、手術室じゃね」  武がそう答えると、聡は地下階段を指差した。 「でもさ、肝試しなら地下の方がいいんじゃない?」  一階から上は日が指す分いくらか明るいが、電気の通ってないこの場所で地下は真っ暗だ。 「ばーか、地下は売店とかしかねえだろう?」  武がそう言うと、信二は視察案内を見ながら「でも“霊安室”があるね、これは幽霊とか出るんじゃないのかな?」と返した。 「なるほど…じゃ、地下室行ってから、上の手術室行こうぜ」  話がまとまると、四人は地下に向かう階段前へと歩いた。  階段は、下に向かうほど闇に包まれ、見えなくなる。思っていたより恐怖を感じた四人だが、四人とも(今更引き下がれない)という気持ちでいたため、誰も()めようとは言わなかった。 「行こう」  武のその一言で、一段ずつ、足元を懐中電灯で照らしながら下りる四人。  暗闇でそれぞれの表情がはっきりとは見えないが、(皆、平気なんだろうか?)と、脩は正直、地下に行くのに早くも後悔していた。 「なぁ聡」 「なあに?」  地下の廊下に立ってから最初に交わされた武と聡の声は、上よりも反響した。 「売店にまだ“スニッカーズ”あるかもよ」  くっくっくっと笑いながら、食いしん坊の聡を揶揄う武。 「あっても食えるかよ、こんなとこに何年も置いてあるものを」  聡の返しに、三人はゲラゲラ笑った。  怖くて仕方ないのだが、集団心理というのか、自分は怖くても(三人は平気なんだ)という勝手な安心感を四人とも持った。 「じゃ、霊安室行くぞ」  武がそう言うと、聡が「待って!」と皆を止めた。 「なんだよ聡」  眉間に皺を寄せて目を細める聡。 「…あそこに人がいるよ」 「はああ?」  聡が懐中電灯で進もうとした方向と反対の廊下の奥を照らしながら、指を差した。  三人も一斉に懐中電灯を照らす。 「……」 「……」 「………ど、どこだよ?」  武が尋ねると、聡は首を傾げた。 「おかしいなぁ」  武は聡の頭を小突いた。 「お前“そういうの”いいから、怖がらせなくても十分ここ怖えし」 「でも本当にいたんだよ」  そう言うと聡は一人、奥の方に進んだ。 「あ、おい!そっちじゃねえぞ行くのは」  武は叫ぶが、聡は無視して奥に進んだ。  聡の姿はあっという間に闇に包まれた。懐中電灯の灯りだけが、ぼんやりとそこに聡の居場所を認識できる。 「…仕方ないな」  武はため息をついた。  三人は仕方なく、霊安室とは反対になるが、聡を一人には出来ないので、後を追うことにした。 「しかしバカだよな、あいつ」  武は少しイライラしながら、聡のことを言った。  仮に本当に人がいたとして、逆に“こんな所”にいる輩は、幽霊よりも怖いかもしれない、それを思って聡の危機感のなさに少し腹が立ったしたのだ。 「ね、ねえ、武」  脩は足を止めた。 「ん?どうした脩?」  武は振り返り、脩に懐中電灯を当てた。 「…し、信二がいない」   「…え?」  武は懐中電灯を振って脩の周囲を照らした。本当に信二の姿がない。  そんなはずはない、“今の今まで”すぐ側にいたと、脩も武も思った。 「おい!信二!お前もそういうのやめろって」  信二が懐中電灯を消して、その辺に隠れて脅かそうとしているのではと考える武だが、心臓は一気に激しく動いていた。 「おい!本当にいい加減にしろよ!信二!」  怖くなった武は叫んだ。 「あれ、恵一君?恵一君じゃない?」  今度は、奥から聡の声がした。 「何だ、恵一君だったのかあ」  この場所に入れると教えてくれた一学年上の生徒の名前、恵一。聡は確かにその名を口にした。  だがその恵一が、ここにいるか?脩と武はお互いを見合った。 「”恵一”君って…本当にいたのかあ?聡う…冗談だろお?」  脩は片手を口元に当てて、奥の聡に尋ねた。 「おい脩、いるわけねえだろ、揶揄ってるんだ聡の奴」  そう言い武は、聡のことを無視して、信二の姿を探し続けた。 「いるよぉ、ほらこっちおいでよ」  “そう言う聡”と、“信二を探し続ける武”を交互に見ながら、脩は聡の指差す方が見える位置まで移動した。 「……!」  すると、聡の懐中電灯の灯りが指すそこに、確かに人の影があった。見間違いではない。  よく見えないが、目を凝らして見ると、ぼんやりと見覚えのある“恵一の姿“に見えた。 「け…恵一…君?本当に」  武は、脩の様子がおかしいことに気づいた。 「脩、何だ?どうした?」 「武、本当に恵一君が…いるんだ」  恐る恐る脩が指差す方を見る武。確かに、恵一らしい姿が武の目にも映った。 「マジか?」  聡の言ってたことが本当だったことに驚き、武は目を丸くした。 「お、おぉい、恵一君、こんなところで一人で何してるんだあ?他に友達もいるのかぁい?」  武は、大きめの声で、恵一にも聞こえるように質問をした。  しかし返答がない。 「何だよぉ、何か言えってぇ」  武は、聡と恵一のいる場所にもう少し近づいた。  そして懐中電灯を恵一に当てた。 「……っっ!」  その瞬間、武は物凄くゾワッとし、激しく身体が寒くなるのを感じた。 「さ、聡ぅ!その恵一、よく見ろっ!」  叫ぶ武の声に聡は、(何だよ)と言いた気な態度だ。 「お前ぇいい加減にしろって!」  武が震えながら叫ぶので、脩も武の横に立ち、恵一を懐中電灯で照らした。 「ひっ!」  その瞬間、思わず悲鳴をあげそうになる脩。  目が白い。完全に黒い瞳がない。  そして口が大きく大きく空いている。脱力したかのように、口が空いてるのだ。  生きている者の顔ではない。  そもそも懐中電灯も持たず一人でここにいるわけがないと、思った脩と武。 「聡離れろ!」 「こっちこい!」  脩と武は同時に叫んだ。  しかし、恵一と呼んでいいのかわからない“それ”は、突然動き出し、両手で聡の頭を掴んだ。 「さ、聡っ!」  武は叫んだ。  恵一の姿をした“それ”は、聡の頭を“ろくろ”でも回すかのうよう、首を捻った。 「……!」 「……!」  聡の首が、体をそのままに、360度回転した。一瞬の出来事だ。  聡の首は頭の重みで後ろにぶらりと背中側に不自然な形で落ちた。首の皮で繋がってはいるが、千切れた人形の頭のように垂れ下がってる。  そしてドサッと倒れる聡と、床に落とす懐中電灯の音が響いた。  脩も武も自覚もなく失禁した。ガタガタと震え出し、目の前で起きていることへの理解が追いつかない。  しかし、呆然とすると間もなく、恵一の姿をした“それ“は突然腕を下ろして前にダランとしたかと思うと、不自然に脚だけ駆け足を始め、バタバタとこちらに向かってきた。  それを見た脩と武は、涙を流しがら、元来た階段を目指して思い切り走った。  信二を探さないで逃げることに、微塵の申し訳なさも感じることはない。  破裂しそうなほど動く心臓に息切れを起こしながら夢中で走った。  腕をメチャクチャに振るので、懐中電灯がフラッシュのように暗い廊下のあちこちを照らし、足元もよく見えない。しかし、そんなこと気にしてる場合ではない。  無我夢中で走る。走る。走る…  だが一向に階段は見えてこない。脩は涙を拭って目を凝らした。 ーーこんな遠かったっけ!?  いくら真っ暗でも、階段の場所は、上の階の日の光で、わかるはずだが、いくら走ってもその場所が見えてこない。 「熱っ!」  武が突然叫んだ。 「武っ!?」  脩は足を止め、振り返った。懐中電灯で武を照らす。 「熱い熱い熱いよおおおああっ!」  持っていた懐中電灯を落として、武が叫びながら暴れ始めた。 「な、何?」  武の身体から煙が出始める。気のせいじゃない。“嗅いだことのない”人の焼ける臭いがどんどん濃くなりるのに、脩は鼻を抑え、吐き気を催した。  武の体に火らしいものは見えない。 「ぎゃあああああああああっ!」  聞いたことのない苦しむ声に、脩はパニックになった。  ついには武は床に倒れ、激しく暴れながら転がる。着ている服はあっという間に黒くなり、髪もチリチリと焦げて、全身皮膚は水脹れになり溶けていく。  どうしていいかわからない脩は悲鳴をあげながらその場を走り去った。
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