第十一話 闇からの脱出

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第十一話 闇からの脱出

 脩は理解が追いつかない状況下に、もう思考する気力はなくなっていた。  ここで起きていることも、そして夕紀の炎のことも、聞きたくはあった。友達もどうなったのか…。  だが、今はそれ以上にこの中島病院の外に出たい気持ちだけでいっぱいだ。  早く家に帰りたい。早くお母さんに会いたい。脩はその思いを胸の中で繰り返していた。  夕紀が灯りにしていた中空の炎の玉を手にして消すと、廊下は真っ暗になり、脩の落とした懐中電灯の灯りだけになった。  脩は落とした懐中電灯を拾うが、光は不安定になり、そして消えた。  カタカタと振って、スイッチのオンオフを何度かしてみたが、懐中電灯は再度点くことはなかった。  夕紀は説明はしなかったが、霊的な現象が起きる場所、あるいは呪いのかかった場所では電気に異常が生じることは普通だ。  双方とも物理的に存在しているエネルギー体故、もっとも影響が出やすいのが電気や電子製品といった物なのだ。 「真っ暗になっちゃった…」  脩が力無く呟くと、夕紀は肩をポンと叩いた。 「大丈夫、帰り道見つかるから」 「でもね、階段無くなっちゃったんだ!」  夕紀は少し前屈みになり、泣き声でそう言う脩の目線で見つめると、頭に手を置いた。 「私、あんたに嘘ついたことある?」  確かにない。  揶揄われたことはあるが、嘘という嘘をつかれたことは一度もなかった。  ただ、この状況で、“そんなこと”を言われても気持ちが明るくなることはないというのが、脩の正直な心境だった。 「少し離れて」  夕紀にそう言われて、脩は躊躇した。今また一人になるのが怖いからだ。 「ほら、危ないから」  再度、離れるように言われると、渋々距離を取る脩。  目が慣れても、夕紀の姿を見失いそうな闇。この暗さは普通でないことは、もう脩も理解していた。 ーー専門職の“聖なる光”までは行かないけど…  夕紀の体が光り始めると、脩は目を丸くした。そして体に何かに触れらるような感覚、規模は違うが、下敷きを擦った時に生じる静電気のようなものを感じた。  光はバチバチと音を立て、電気がショートしているかのような現象が夕紀の周辺で起きているのがわかる。  夕紀が両手を前に広げると、次の瞬間、光が廊下の奥まで飛んだ。本当に一瞬のことだ。    激しく光ったそれは正に“雷そのもの”だった。  眩しさに目が眩んだ脩は反射的に強く目を瞑っていた。  “雷”の飛んだ先の廊下の曲がり角は、その直撃を受けて火花を散らし、真っ黒に焦げた。  同時に廊下の蛍光灯や非常灯などが 、次々と破裂するものもあっだが、残った分は明るく点灯していた。  夕紀が放った雷から放電されたエネルギーが、電気を光らせたのだ。  だが建物に電気が通ったわけではない。あくまで電気を”流した”に、過ぎない。明かりはすぐに消えようとしていた。 「ほら!あそこ!」  脩は、夕紀の指差す方を見ると、今の今まで見えなかった階段が見えたのだ。 「見えたでしょ?」  頷く脩。  魔力を秘めた雷属性の魔法は、微力ながら負の闇を押さえ込んだ。  夕紀は、脩の手首を強く握り引っ張った。 「行くよ!またすぐに見えなくなる!」  その言葉に怖くなった脩は、夕紀の手に引きずられまいと懸命に脚を動かした。  階段の前に辿り着くと、夕紀の放った雷の電気は消えてまた暗くなりつつあった。  二段飛ばしで駆け上がる夕紀に引っ張り上げられ腕が痛かったが、階段の底から、明らかに“普通ではない”暗闇がどんどん迫ってくるのがわかり、脩は悲鳴を上げた。  最後の一段で爪先を引っ掛けて、転んでしまった夕紀、そして脩。 「いたた…ごめん脩君、大丈夫?」  体を起こし頷く脩。  階段の方を向くと、闇は煙のように噴き上げているが、ここまでは着いて来ないようだった。  夕紀はため息をつくと、転んで付いた埃を払いながら立ち上がった。  脩も立ち上がると、何かを落とした音がフロアに響いた。  固い石のような音だ。 「…あ!」  脩は屈んで、落とした物を慌てて手探りで探し始めた。  地下の闇から脱したとは言え、もう夜。外から差す街灯くらいはあるが、一階フロアも足元は暗く、よく見えない。  夕紀はまた魔法で炎を灯した。  まだ魔法のことを聞いていない脩は一瞬、炎が気になり夕紀を見たが、明るくなった床に、小さな何か丸い物があるのが見えると、それを拾った。  どうやら糸で結んであったようだが、その糸が切れてしまったらしい。脩の首には切れた糸だけが残っていた。  だが、拾ったそれを見て、脩は泣きそうになった。 「それは?」  拾った物に見憶えがある夕紀。  脩が小学校にあがる前に、自分があげた“お守り”だった。  魔力を込めることが出来る石。  祖父の営む店にあった品だが、夕紀はこっそり持ち出し、魔力を込めて脩の入学祝いにあげたのだ。  歳上とはいえ、中学生当時の少女の考えたお守りであり、特に深い意味はなかった。  脩には、魔術のことなど話したこともなく、“事件事故に巻き込まれないように”という願いを込めてのものだった。  そのお守りを、夕紀のことが大好きな脩はずっと肌身離さず首に掛けていたのだ。  そしてその拾い上げたお守りは真っ黒になっていた。もともと黒っぽい石ではあったが、何か焦がされたような色になっていた。  脩が泣いたのは、そのためだった。 「それ…」 「夕ねえちゃんにもらったお守り…こんなんなっちゃってる」  夕紀は泣きそうな脩の頭を撫でると、首に掛かっている糸を取り、切れた先を見た。すると糸の先も少し黒く、焦げたように黒くなっていた。 「…そっか、あんた、これ持っていたから助かったのね」 「え?」  涙目で小刻みに瞬きをする脩。  魔力のある石のおかげで、身を守れていたようだ。石は力を失ってしまったが。 「泣かないで、新しいお守りあげるから」  慰められ、涙を袖で拭う脩。  夕紀は、昔自分のしたことが結果的に大切な命を守れたことに思わず微笑んだ。  “さあここを出よう”、そんなのことを言おうと思った時だった。  フロアに近づく足音が聞こえた。  カツーン…カツーン…と、ゆっくりとした足音だ。  二人はその音のする方を向いた。
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