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第十三話 蒼光
六堂は屈んで、床に倒れてる夕紀を抱き起こした。
ーー体が熱い…
服の上からでも伝わる高熱に、厳しい顔をする六堂。体の熱とは逆に、顔色はまるで死体のようだ。
夕紀を支えたまま後ろに回り、六堂は自分の胸を背もたれにし、制服を捲り左肩を見た。
ーーこ、こいつは…!
心配で覗き込もうとする脩に指を差す六堂。
「見るな」
彼の声に脩はびっくりし、硬直した。
静かな物言いだが、六堂の放つ雰囲気に返って静かな言い方がとても怖く聞こえた。
だがそれは子供が見ていいものではなかったからでもあった。
軍服の男に捕まれた左肩は、肉が削げ落ち、骨が見えていたのだ。そして“肉のなくなっている周辺”は黒い筋状の跡が広がっている。
「り…く、ど、くん」
夕紀は声にもならない、息で喋った。
「俺が、分かるんだな」
夕紀は六堂にもたれ掛かかったまま、小さく小さく頷いた。
「その、子を連れて…逃げ」
「バカ言えよ」
夕紀の発言に、被せるよう六堂は言った。
「私はも…ぅ助から…なぃ。こ、れ呪い傷」
六堂は鼻でため息をついた。
ーーと言われてもな…
六堂は、自分が破壊して入ってきた窓硝子を指差した。
「閉じ込められてしまったみたいだ」
脩は我が目を疑い、驚愕した。
「は、え?な、なに!?」
その声に、夕紀は頭を起こして、片目を薄く開いて窓を見た。
「…う、、そ!」
六堂の体当りで粉々に破壊したはずの“それ”は、何もなかったかのように元に戻っていた。
廊下に散ったサッシも硝子片もない。
「…これが、霊とか呪いとか、そういう力なんだな」
六堂は怪奇的な体験は初めてだった。だが、その中でもこの病院で起きていることは極めて危険且つ、かなりのレベルのものと言えた。
いつ“元に戻る”という現象が起きたのか気付きもしなかった。
そして再び、あの足音が聞こえる。カツーン…カツーンと、ゆっくりと迫るあの足音に、脩は震えだした。
「…また、また、来る」
驚愕する脩の視線の先に、さっきの軍服の男がいた。
そして今度は周囲から無数の声が聞こえてきた。何と言っているか聞き取れないが、多くの声が不気味に耳に入って来る。
外から差し込む街灯の作り出す黒い影が、よく見ると人のような形で蠢いているのにも気づいた。
脩にも聞こえるようで、両手で耳を塞ぎ、目をつよく瞑った。
「おい!名前は?」
耳を塞ぐ手をぐいっと引っ張り、六堂は尋ねた。
「え?」
「名前だよ」
目を開けた脩は、(こんな時に聞くことか?)と思ったが、「し、脩」と小さな声で答えた。
「よし、脩。このおねえちゃんを頼む」
支えていた夕紀の体を、脩に任すと、六堂は背中から、刀を抜いた。
気のせいか、刀が鞘から出た途端、聞こえていた無数の不気味な声が少し小さくなったように感じた。
同時に、刀からキイイン…という共鳴音のような物が微かに聞こえた気がした。
何よりその刀の美しさに、脩は見惚れた。窓から差し込む街灯に照らされ、薄蒼く光って見える、その刀。
軍服の男は六堂を見ると、首をガクガクと痙攣させた。煙を発して皮膚や服が焦げたようになると、白目になって何かを喋っているように口をぱくぱくさせている。
「この病院の呪いの“元凶”はお前じゃないかもしれないが、彼女の呪いは解かせてもらう」
六堂は刀を両手で持つと、真っ直ぐに、目線から正面に切っ先を男に向けて構えた。
すると軍服の男は、また姿を消した。
「…まったく、霊ってのは消えるのが…好きな…」
ガキイイイイーーーン!!!
「…んだな!」
夕紀を支えてる脩の真横で、六堂の刀と、軍刀が激しくぶつかり合い、火花が散った。
今一体、何が起きたのだろうか。
脩の目には、軍服の男だけではなく、六堂の姿も消えたように見えた。
気付けば、消えた軍服の男の軍刀が、自分と夕紀に切り掛かろうとしていたのだが、驚く暇もなかった。
更には、六堂の刀がそれを防いでいたのだ。
二つの刀がぶつかり合い火花を散らし、激しい金属音が反響して初めて、気付いたことだ。
「“弱い方”を狙うとはな、悪霊め」
刀同士がぶつかった瞬間、六堂にはっきり判ったことがあった。軍服の男は霊体だが、“軍刀は本物”だと。
どうやって“物体”をも消せるかは、ここを切り抜けた時に専門家に聞くとして、六堂はこの霊が軍刀に取り憑いていると考えた。
ーー霊体をぶった斬るつもりだったが、なるほど…
二人への攻撃を防いだその体制から、思い切り軍服の男に刀を斬りつける六堂。
太刀筋が、蒼い光となって数瞬遅れて見えるその様は、この状況ながら脩の目には美しくそして格好よく映った。
軍服の男に刀が触れると、さっきの弾丸と同じく弾けるように光って、明らかに嫌な反応を見せた。
「俺には完全な除霊、浄化は無理でも…貴様には少し黙っててもらうぞ」
六堂の雰囲気が変わった。目に見えて、集中力の度合いに変化を見せた。
全体から放つ空気が、まるで熱でも発しているかのように、ゆらりゆらりと風景を歪ませているのは、暗いせいなのか、気のせいなのか…。脩は目を擦った。
今日は本当に“ありえないもの”ばかりを見た脩だったが、今からの“六堂の動き”が一番記憶に強く刻まれることとなる。
再び刀を両手で構えた、六堂。
今度はまるでフルスイングするかのように両腕は右後ろに、そして腰を落とし、右足を後ろに広げた。
軍服の男は、あからさまに敵意を見せる六堂に対してなのか、口から煙を吐き、怒っているかのように、また首をガクガク痙攣させた。
しかし軍服の男が次に何かを仕掛ける間はなかった。
脩が目を擦った次の瞬間、軍服の男は胴体から真っ二つになっていたのだ。
脩は六堂の移動の瞬間を確認出来なかった。まさに電光石火。
一本の蒼い光だけが、軍服の男の立っていた場所まで、薄く残っていただけだ。
実際には、六堂が力の限り地面を蹴って間合いを詰め、その勢いで刀を振り抜いたのだが…。
狙ったのは“軍刀”。
その軍刀が、少しの破片を散らしながら、真っ二つに折れ、そしてカラン!カラン!と床に落ちるのだった。
同時に軍服の男までもが胴体から真っ二つになったのだ。今度は悲鳴をあげることなく、煙とともに姿を消した。
「…やっつけたんですか?」
脩は恐る恐る尋ねた。
「いや…」
六堂は素気なく一言答えた。
六堂は霊や呪いを退治できる術も道具も持ってはいない。
しかしあの男が取り憑いていた軍刀を破壊すれば、“悪さ”をする力は弱まるだろうと、考えての攻撃だった。
床に落ちた軍刀は今もあの男の霊が取り憑いたままだろう。下手に触れば、拾った者が取り憑かれて、折れた軍刀を振り回したり、そんなこともありえるだろう。
「夕ねえちゃん!大丈夫なの?」
脩に寄り掛かりぐったりしていた夕紀が、自分で体を起こした。
「…え、ええ、まだ、かなりきついけど」
六堂は夕紀に歩み寄ると制服を捲った。
「っ!」
夕紀はいきなり捲られ、恥ずかしさで驚いた。
そんな夕紀の反応などに気することもなく、六堂は「よかった」と笑みを見せた。
骨が見えてきた部分が、まだドス黒いままではあるが、元に戻っていたのだ。
軍服の男の呪いの力が相当弱まったのだろう。
六堂の手を反射的に叩いて、制服をバッと戻す夕紀。
「…り、六堂君、どうしてここ?」
大分楽になったのか、夕紀はそんなこと尋ねてきた。
「あとだ、あと。まだ終わってない」
六堂がそう言うと、また無数の声が聞こえてきた。すると夕紀は肩を押さえる。
「くっ…痛い…」
「…この場所から出ないと…俺たち全員殺される」
「で、でも割れた窓が元に戻るほどの呪い…多分、建物の内側からでは…」
「いや…」
六堂は、手にしている刀で廊下の奥を指し示す。
「建物をぶち破る」
「は…どうやって?」
「お前、魔法はいくらか霊たちに効いたんじゃないのか?」
「…それは、まぁ」
「俺のこの刀も効くんだ。二つ合わせりゃ、抜け出るくらいはできるだろう」
六堂は、さっきやったのと同じように、刀を両手で構え、右足を開いて腰を落とした。
「…大丈夫、やってみてくれ。この刀は“純ミスリル銀”だ」
それを聞いた夕紀は、目を丸くした。
“ミスリル銀”を使った道具はいくつか見たことあったが、純度100%で加工した物を目にするのは初めてだった。
「わ、解ったわ…」
夕紀は刀に向けて両手を翳した。魔力を使おうとすると、左肩が痛んだが、手は光り出した。地下で使った“雷”の魔法だ。
「行くよ!」
夕紀がそう言うと、六堂は頷いた。
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