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第十四話 知らない部屋と、六堂
「脩ううううっ!!」
脩が、軍服の男に、軍刀で一刀両断される。
目の前で為す術もなく、左刀から右腰にかけて、袈裟斬りで大量の血を撒き散らしながら真っ二つにされる姿に、大声で叫ぶ夕紀。
目を大きく開き、硬直した身体と、流れる大量の汗。激しい心臓の鼓動に、呼吸をするのも苦しいと感じた。
「……ぇ?」
はぁ…はぁ…と、荒い呼吸を繰り返す夕紀はベッドの上にいた。勢いよく伸ばした手の先には、見覚えのない天井が目に入った。
頭を浮かせて、周囲を見回すが、やはり知らない場所だ。電気スタンドが一つ点いているだけの薄暗い部屋。
どうやら自分は悪夢を見て、目が覚めたのだということは理解できた。
繰り返し、繰り返し、恐ろしい夢の中に長くいた気がした。それも夢と思えぬリアルさで。
「…ん!」
左肩が重く怠い。不快感に顔を顰めた。
ポニーテールにしていた髪は解かれていて、額に掛かる前髪は汗で濡れている。
「…気がついたか?」
壁際のソファーで横になっていた六堂が体を起こし、声を掛けてきた。部屋に一人だと思っていた夕紀は、少しびっくりした。
「六堂…君?」
「よっ、おはよう……、といっても、今は夜だけどな」
六堂は、布団代わりに掛けていたデニムのジャケットをソファーの背もたれに掛け立ち上がると、首を左右に伸ばした。
「私、一体…」
「“あれからどうしたか”って?」
「……うん」
「気を失って、俺がここまで運んだ…ま、簡単に話せばそんなところだ」
「え……、ちょっとそれ、大事な部分、相当端折ってない?」
苦笑する夕紀の顔を見て、六堂は安心したのか静かに笑った。
「どれくらい…寝てたの?」
「丸二日間。うめき声を上げて、口から黒い煙みたいなのを吐き出してた…」
「ほ…ほんと?」
「ああ、ほら…あの映画……“ポルターガイスト”に負けてなかったぜ」
「ポ…ポルターガイスト…って」
夕紀は、体を起こすと、自分がTシャツとハーフパンツであることに気づき、顔を赤くして、毛布に包まった。
「ちょ…!」
「何?」
「あなた!私の制服…脱がしたの!?」
顔を真っ赤に染めて怒る夕紀に、六堂は片眉を下げてため息をついた。
「着替えさせたのは俺じゃないよ」
「あ…え、そう、なの?」
「ああ、安心しろ、女性だよ。“ここ”の所有者だ。俺もそこまで無粋じゃないさ」
夕紀は今度は勘違いしたことに恥ずかしくなった。
“ここ”は都内埠頭にある倉庫だということを教えてくれた。
六堂の渡してくれた電話番号は、ここのものだという。つまり、彼の今の住処だ。何でもその女性は、彼の“師匠”にあたるのだそうだ。
「…何から聞いたらいいのかしら」
状況の整理が出来ない夕紀を見て、六堂は、部屋のテーブルの椅子を手にしてベッドの横に置いて座った。
「話はつきあってやるけど…もう少し寝てろよ。体が全快するのに一週間は掛かるって言ってたぜ」
「誰が?」
「えーと、なんだっけ、確か港区にある教会の牧師さん。福…島じゃなくて」
「福田牧師!?」
「ああ、そうそう」
“福田牧師”は、夕紀の祖父の古くからの知り合いで、所謂“本物”だ。夕紀に憑いた呪いを解くのにここまで来てくれたのだった。
その時のこと。ここに牧師と同行した夕紀の祖父と、六堂は対面した。
牧師が呪いを解いている間、部屋の外で、夕紀の祖父は六堂に問いかけた。
「お前か、私の孫を迷わせている男は」
「え?迷わせ…て?」
「何故、夕紀を仲間に誘い入れようとしている?」
夕紀の祖父は、鋭い眼光で六堂に圧を掛けた。それを感じた六堂は困った顔で笑った。
「凄い迫力…、さすが大魔導士 宗こと、大華 宗馬」
六堂のその一言に、夕紀の祖父の目つきが少し緩んだ。
「私を知っていたのか?」
六堂は口を一文字にするも、少し含み笑いでもしているかのような顔をした。
「属性の異なる魔法を“同時に”出せる魔導士なんでしょ?難しい芸当だと聞いてます」
「……昔の話だよ」
「でも出来た」
六堂は人差し指を立て、夕紀の祖父の言葉に被せた。
「まぁ、それも素晴らしいのですが、あなたは裏社会でも人格者だと、ある人から聞いたことを思い出しまして」
「……」
「俺は、別に魔導士探しに拘っていたわけじゃあないんです。でも、メンバーの一人が『魔導士を見つけた』っていうから、興味を持ちまして。特殊能力者が仲間にいれば、何かと心強い。で、あなたのお孫さんと、会って話をしてみたんです」
「……それで?お前は私の孫に何を見た?」
「俺はマフィアやゴロツキみたいな連中と組むつもりはないんです。義理人情のある、まともな人間と決めている。そんな俺にしてみたら、あなたのお孫さんは最高です。大魔導士の血を引き、常識もあって、さすが“宗の孫“」
「…何…それだけ?」
「ええ、何か不満ですか?」
夕紀の祖父は少し困った顔をし、腕を組んだ。
「“阿修羅 才蔵の件”は…本当か?」
「あ…聞いたんですか」
「ああ、仇だとか」
「…まあ、正確にはあいつ一人ってわけでもないんですけど」
「…才蔵との戦いに、孫を巻き込むつもりか?」
この質問に、六堂は少し間を空けた。夕紀の祖父から顔を逸らし、やや下の方を見ると、目を瞑る。
「いえ、それは俺個人の問題です。夕紀に、夕紀さんに関係はありません」
そう言う六堂はから微かに感じる、気迫。夕紀の祖父は、彼に嘘偽りはないことを読み取った。
「…そうか。孫娘を助けてくれて、ありがとう。問い詰めるようなことをして悪かった」
そう言い、目の前から夕紀の祖父は立ち去った。
そんなやりとりを思い出し、六堂はふと笑った。
「何?どうしたの?」
間を空けたかと思うと急に笑う彼を見て、夕紀は訝しげな顔をした。
「いや、別に…」
よくわからない六堂の態度だが、中島病院で彼の胸に寄りかかっていた時のことを思い出すと、急に意識してしまった夕紀は、ベッドに倒れ込み、毛布で顔半分を隠した。
あの時は死にそうなっていて、実のところそんなにはっきりと憶えているわけではなかったが、男子と密着した経験がない夕紀には、思い出してみてのことだが、少し刺激的な経験だと言えた。
六堂は六堂で、そんな夕紀の態度がよくわからないでいたが、(とりあえず大丈夫そうで何よりだ)と思った。
「そうだ!脩!あの子は!?」
顔を隠した毛布をバッと取った夕紀は六堂の手首を掴んだ。
「ん?少年か?大丈夫、生きてるよ…」
「本当?何か悪いものに取り憑かれたりしてなかった?」
「少しばかり呪いにかかってはいたみたいだが、牧師さんの“聖なる光”ってやつで浄化されたらしい」
「そう…よかった」
脩はやはり、以前、夕紀からもらったお守りのお陰で、呪いに飲み込まれたり、悪霊に連れ去られるなどから逃れたとの福田牧師の見解だった。
そして霊や呪いの怪奇的な恐怖体験は、聖なる光術で相当軽減されるのだそうなので、その点については安心していいとも伝えられた。
ただ、“消せないもの”もある。それは友達たち三人のことだ。彼らが帰らないことは現実だ。
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