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第一話 メンバーとの出会い
夕紀が、木崎の錆びたビートルに乗って連れて来られたのは、自由が丘にある薄暗い路地にある小さなカフェだった。
(こんなところに喫茶店が?)と思うような場所で、まったく目立たない。
小さい看板に、“ Secret story”と記されている。
木崎が店内に入ると、扉に付けているベルが鳴った。
店内は古臭いが小綺麗で、珈琲のいい香りが漂っていた。
「へえ、素敵な喫茶店ね」
想像していたのと違っていたのか、ぽつりと夕紀は言った。
アンティークなジュークボックスから流れるレコードの音が、CDばかり聴いてる夕紀には、不思議と暖かい音に聴こえた。
ジュークボックスの近くのテーブル席にサングラスをかけた男が一人。
「いらっしゃいませ」
カウンターに立つ女性。40代半ばくらいだろうか。少しくたびれた感じが漂ってるが、美人だ。儚げという雰囲気。
「やあ、オーナー。俺コーヒー。こっちは、紅茶と、本日のケーキを」
後ろに立ってた夕紀を親指で差し、注文をすると、木崎はジュークボックスの近くにいたサングラスをかけた男の側に行き、声をかけた。
夕紀はその様子を横目に、鞄を足下に置き、カウンター席に座った。
「こんにちは、可愛いお客様ね」
オーナーは優しく微笑みながら言った。
「オーナー、さん…なんですか?」
「ええ、もう二十年よ」
「へえ…」
「あなた、魔導士?」
「…え!そういうの、わかるんですか?」
オーナーは顎に人差し指を当てて、上目で少し間を空けた。
「そうねえ、何となくは」
場所からしてもそうだが、オーナーの見る目からも、どうやらここは普通の喫茶店ではないのだと理解する夕紀。
「わっ!にゃんこ!」
カウンター席の足元に黒い猫が現れ、思わず夕紀は両足を上にあげた。
「あら、ごめんなさい、うちの“看板娘”のシャーロットよ」
シャーロットは、下ろした夕紀の足元でスリスリと顔を擦り付けた。
「あらあら、あなたのこと気に入ったみたい」
ジュークボックスの音楽が終わり、レコードが収納される音が聴こえると、木崎が手招きをした。
「おーい、いいかぁ」
おーい…そういえば、ナンパされた時に木崎には名乗られたけど、自分は名乗ってなかったと思った夕紀。
カウンター席を立ち鞄持って、木崎ともう一人の男のいるテーブル席に移動した。
「これはまた随分と、若いというか、可愛いというか」
木崎の隣にいたサングラスの男が、夕紀を見て言った。
「そんなジロジロ見なくても、女子高生が珍しい?」
夕紀は苦笑しながら、サングラスの男に言った。
サングラスの男は椅子に座っているが、ガタイはよく、夕紀よりもずっと大柄だと思うが、物怖じしない口のきき方に、木崎は笑った。
「やっぱり根性座ってるよなぁお前」
サングラスの男は首を横に振った。
「いやいや…いきなり失礼した。女子高生が珍しいのではなく、こんなに若い魔導士さんが珍しくてね」
(ああ、そういうことね)と夕紀は頷いた。
用件は何なのか質問をしようと思った時、店の扉が開き、店内にベルがなった。
夕紀は音のした扉の方を振り返った。
目に入ったのは若い男だった。自分と同じくらいだろうかと思う若さだ。
その男は髪が少し青く染まっている。店内は薄暗く、下地は黒髪なのでわかりにくいが、窓から差し込む僅かな光が当たると、染められてるのがわかった。
そして何より、“普通ではない”と伝わるのは色の着いた髪より、左手に持っている刀だ。
「いらっしゃい」
「…ブレンド」
「ケーキは?」
「今日何?」
「ベリーのタルト」
「それじゃ、それも」
「かしこまりました」
男は注文をすると、三人のいるテーブル席前まで来た。
「ごめん、遅れた」
近くで見ると、何て目をしているのだろうか、夕紀は思わず見惚れてしまった。
表情は静かだが、その目には深い悲しみと怒り、負の感情が強く感じられた。
「ここいい?」
隣の椅子を指で差され男にそう言われると、夕紀はこくこくと数回頷いた。
男は、刀を後ろのテーブルに立てかけ、夕紀の隣の椅子を引いて座った。
間近で見ると、着ているデニムのジャケットは大分くたびれている感じだった。
「えっと…」
夕紀は刀の話を切り出そうとすると、サングラスの男が「この二人も今来たところだよ」と木崎と自分のことを言った。
「ああ、そうか。じゃあ、自己紹介から…でいいのかな」
刀の男は、親指を自分に差した。
「俺は六堂多分この中では、裏社会の人間として一番の後輩だと思う。よろしく」
聞けば歳は十八。高校を卒業して間もないという。夕紀より、一つ上だ。
しかし、急に自己紹介とは、何かと思う夕紀。
少し状況が飲めないまま「この六堂に、救われたんだよ俺」と、サングラスの男は微笑みながらそう言った。
「そして俺は渡辺だ。銃器を使った戦闘を専門にしてるフリーの兵士だ」
渡辺と名乗ったサングラスの男は、本当に銃が似合いそうだと夕紀は思った。
そしてナンパ男、木崎。背もたれに寄りかかり、ポケットに両手を入れたまま口が動く。
「…俺は木崎。ハッカーだ。ドンパチに免疫なくはないが、基本は表にはでない。渡辺とは、仕事で知人といった関係だ」
「え…ハッカー?」
こちらは意外だと感じた夕紀は、思わず口に出た。
「何だ、おかしいか?」
「おかしくないけど、意外」
渡辺は、夕紀の反応に鼻で笑った。
「何だかわからないけど、これ私も自己紹介する感じ?」
夕紀がそう言うと、渡辺は首を振った。
「まぁ、せっかくだし、いいだろ?」
「…といってもねぇ、魔導士って知ってるみたいだし…。名前は夕紀、高校生で、今三年生よ」
渡辺は、パンパンと手を叩いた。
「はい、自己紹介も済んだところで本題だ。ここに一同会したは、この男、六堂
が望んでのこと…」
本題は、『裏社会で活動するチームが欲しい』と六堂が望んだことだった。
渡辺は最近、ある人物のボディーガードに雇われていた。だがその人物、武器取引の際に、相手に裏切られ、金だけ奪われ殺されそうになった。
当然、その人物の部下共々、渡辺も応戦したが、そもそも取引場所に罠がしかけられていて、完全にハメられた状況だった。
そんな危機的状況下におい、突如として現れた六堂に助けられたのだという。
金を持ち去ろうとした裏切った取引相手と、その部下たちを一瞬で斬り刻んだ六堂。その華麗な動きに、渡辺は見惚れたという。
「まともな取引ができない輩は、また繰り返すからな…」
そう言い、六堂はその時は静かに立ち去った。
そんな中、罠にハメられパニックになっていた雇い主の部下たちだったが、渡辺だけは冷静に対応して、雇い主の命を守るべく応戦していた様子を、六堂は見ていたらしい。
雇い主とボディーガード契約の終了後、渡辺の前に六堂が再び現れた。
「よう、先日は助かった…雇い主からも報酬はもらえたし、礼をしたい」
そう言う渡辺に、六堂は首を振った。
「礼はいい。それより俺はあんたと組みたい…」
そこで出た話は、六堂は裏社会に身を置いてまだ、期間が短いことと、活動を経て腕をあげること、金を稼ぐこと、ある人物を探すことで、信頼できるチームを組みたいということだった。
集めるメンバーの条件は若く、まだそこまで名の知られていない、実力者。
「ベテランは師匠にはいいが、仲間にするには癖が強かったり、自分の経験則が正しいと強く思い込む奴もいるので…チーム内のバランスを保ちたいので」
そこで集ったのが今、テーブルで顔を合わせている四人であった。
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