第三話 私に固執する理由って?

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第三話 私に固執する理由って?

「六堂…くん、だっけ?」 「ん?」 「…あなたは、裏社会に身を置いて浅いらしいけど…」  車は止まったり、ゆっくり進んだりを繰り返す。  夕方の退勤時間と被り、車の進みが今ひとつの中、夕紀は話を振った。 「…理由か?」  ハンドルから左手を離し、少しだけ夕紀の方を振り向いた。  “どうして裏社会に?”その理由を知りたいのか、と尋ねた。 「まあ…そう」 「気になる?」 「いや、その…」  正直、そこまでは興味はない。  車内で、知り合ったばかりの男と黙って乗ってるのも息苦しさを感じる。だから話題を振ったまでだった。 「…だって、高校生だったんでしょ?ついこないだまで。高卒後の進路、裏社会って闇深すぎ。私の場合、裏社会に身を置いてるのは、生まれた家柄が理由だけどさ」  六堂は、少し考える。信号が青になり、車列が進み出すと、放してた片手をハンドルに戻しアクセルを踏んだ。  渋滞を作っていた交差点を通り越すと、進みがスムーズになった。 「…理由を話したら、俺とチーム組んでくれる?」  質問で返されて、夕紀は眉根を寄せた。 「何で私?私のこと知らないでしょ?」 「知らないよ」  即答され、夕紀は少しムッとした。 「そんな顔するなよ」  夕紀の顔を見て、六堂は宥めた。 「前、ちゃんと見て運転して」  不機嫌な口調で、夕紀に脇見運転を注意され、六堂は正面を向いてため息をついた。  日が沈みかけ、車内も薄暗くなってきた。少しずつヘッドライトを点灯させる車両が目につく。 「ある人物って?」  沈黙にならないよう、夕紀はまた質問をした。  チームの話をしていた時、“ある人物”を探すというのがあったのをふと思い出したのだった。 「探してる人いるんでしょ?」  六堂は間を空け、少し答えるのに躊躇している様子を見せた。 「…それを、教えたら、チームのこと考えてくれる?」 「そればっかりね、あなた。わかった。じゃ、その人物と理由によっては、考えないこともないわ」  夕紀は冗談っぽく言ってみた。  だが六堂は、それを本気と捉えたかのように真剣な顔で答えた。 「わかった。言うよ」 「…」 「…阿修羅(あしゅら) 才蔵(さいぞう)」  夕紀はその名前を聞き、息を呑んだ。 「…本当それ?」 「ああ」  阿修羅 才蔵。夕紀はその男を見たことがあるわけではない。だが、その名は聞いたことがあった。  才蔵の存在、それは“強さ”。その言葉だけが、裏社会では浸透している男。  裏社会には、あいつが強い、あいつが最強、そんな逸話や伝説を語られる存在は数多くいるが、才蔵という男は、くどい話はなく。ただ強く、戦えば確実な死を迎えるという。 「へ、へえ…」  あまりに突拍子のない人物の名前故に、夕紀は返す言葉が出てこなかった。 「本気だと思ってないでしょ?」 「…わからないよ。あまりに、その…凄い名前出すんだもん。本気かどうかなんて」 「だよな…」 「まさか、見たことあるの?」 「…会ったことがあるよ」  夕紀は目を丸くした。 「え?会った?」 「そんなに驚くことはないだろう。“阿修羅家”はちゃんとした家だし、別に空想や神話の人じゃあない」  夕紀は(一体何なのこいつは?)と思った。  裏社に身を置いて日が浅いと言ったくせに、どういう経緯で才蔵と出会すのか。 「一応訊くけど、その、才蔵を探してる理由は?」  質問に六堂はさらっと「仇打ちさ」と答えた。  仇…正直、一瞬“誰”のことか気になった。しかし、彼にとっての特別な人間が、才蔵の手に掛けられたことを意味する。  だから夕紀がそれ以上訊くことはなかった。 「…チーム、私が必要なら、私でなきゃダメな理由、とってつけたものでもいいから、言ってみてよ」 「取ってつけることもないけど、“縁”じゃだめ?」  六堂は微笑みながら言った。 「それって、“こうして出会ったんだから”ってこと?」 「そうだよ」 「それじゃ、私じゃなかったら、別な人に同じこと言ってたってことよね?」 「かもね」 「それじゃ、私じゃなくてもいいってことじゃない?」 「そうだね。でも、今日こうして俺と出会ったのは君だ。それが現実だろ?君以外はもういないってこと」 「…まぁ…そりゃ確かにそうだけど」 「…少し本音を言えばさ、君は俺と歳も近いし、いいなって思った」 「え?」 「いやぁ、正直さ、裏社会の人間って、ヤクザっぽい奴とか、如何にも殺し屋みたいな、悪そうな格好のおっさんばかりだと思ってたんだよ。それが夕紀みたいな、俺と変わらない歳の子がいて、ちょっと嬉しくてね。だから縁を感じたわけ」  説得力があるのかないのか、よくわからないが、率直な理由を聞いて、夕紀は少しだけ、本当に少しだけ彼となら面白く仕事ができそうな気がした。 「…まぁ、そこまで言うなら、少し考えさせて。私は今は二重生活してるし」  上野駅付近に到着すると、脇道に車を停めた六堂は、ダッシュボードからペンとメモ帳を取り出し、電話番号を書き記した。 「チームのこと、どうするか決まったら、ここに」  番号を書いた紙を剥がして、手渡され、受け取る夕紀。 「わかった…」 「渡辺と木崎には、“考えてくれる”って伝えておく」 「うん、送ってくれてありがと。…チームのことは、あまり期待しないでね。」
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