第四話 迷い

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第四話 迷い

「ただいま」  夕紀の自宅は、上野の裏路地にある、祖父の経営する骨董品屋だ。  骨董品の中には魔法に関わる物や、呪いのかかった物も、ひっそりとだが取り扱っていた。  また骨董品屋の顔とは別に、時々裏社会の仕事を引き受けることもあった。  「おかえり」  そう返したのは、白い顎髭と、薄くなった髪も白い、祖父だ。  夕紀に魔法を教えた師でもある。 「ほう、悩みごとか?」 「え?」  祖父は微笑んだ。 「そういう顔に見えたからな」 「そう?」  夕紀は表情を変えなかったが、祖父の鋭さに内心驚いた。  さすが、子供の頃から自分を見ているだけのことはある、伊達に師ではないなと。  夕紀は制服から着替えると、エプロンを着けて夕飯の支度をした。  祖父と二人暮らしで、家の食事は概ね夕紀が作っている。祖父の健康に気遣い、白米はたいてい麦や、雑穀入りだ。  今夜のおかずは、肉じゃが。そしてほうれん草のおひたしと、豆腐わかめの味噌汁。  肉じゃがの材料でそのまま、カレーか、シチューになることもあった。  そして肉じゃがは、明日の作り置きする祖父の昼ごはんと、自身の弁当にも入る。食事は、かかる経費と手間も考えていつも作っていた。  早くに両親に先立たれた夕紀は、中学生の頃に本を見ながら自分で料理をするようなった。昔は祖父も作ってくれたが、正直美味しくない。  体に“いい”らしい、薬膳鍋などは、最悪で、自分で美味しいものを作ろうと思ったのが切っ掛けだった。 「ねえ、“阿修羅 才蔵”…って名前聞いたことあるよね?」  湯気の立つ、炊き立てのごはんを茶碗によそって祖父に手渡すと、夕紀は六堂から聞いた名について尋ねた。  その質問に祖父は、目を丸くする。 「これまた随分と…唐突に、凄い人物の名前だな」 「強いんでしょ?」  二人は、手を合わせて、いただきます、と言うと食事を始めた。  熱い味噌汁を一口啜ると、祖父は質問に答えた。 「…強いかどうか、私も噂以上には知らないが…その父上ならば少しは知っている」 「才蔵の、お父さん?」  肉じゃがのじゃがいもを箸で割り、口に放ると、祖父は微笑んだ。 「夕紀の作る肉じゃがは、本当に美味しいな」 「お爺ちゃんの料理が美味しくなさすぎるのよ」  苦笑しながらそう言う夕紀だが、祖父が美味しそうに自分の作った物を食べてくれるのは、嬉しいと思っていた。 「…才蔵の父上、阿修羅(あしゅら) 乱龍(らんりゅう)は、代々続く空手道場の代表であり、武の才能に溢れた方だったんだ」  “龍神会空手”、代々続く空手の名家だったが、今はもうない。門下生の中でも実力のあった者たちから派生した流派は残り、また阿修羅家自体、分家は存在するが、本家は乱流の死後なくなっていた。 「乱龍は強かったが、傲慢な男で、自信家だった。その自信が強さの源であったのだろうが、時に傲慢さは不幸を招く…」 「何があったの?」 「料亭で、黒い組織の人間とトラブルを起こし、そこにいた十数名全員をのしたんだそうだ。だが相手の中には、大きな組の息子もいてな、その復讐に道場を襲撃されたのだ…」 「それで亡くなったの?」 「いいや。大怪我を負ったが本人は生きていた。ただ、弟子が何名かと、乱龍の妻が巻き込まれて亡くなったそうだ」 「げえ…ひどい話ね」  食事を美味しく食べる話題ではないが、夕紀はそういうのには慣れている。  げえと言いながらも、味の染みた牛肉と玉ねぎを口に入れ、ご飯を食べていた。 「その時だと聞いている。才蔵が阿修羅家を出たのは」 「ん?才蔵は、何、空手家なの?」 「当時な道場の師範代だった。既に父より強かったんだそうだ。だからか、父に対して元々尊敬の念は薄かったと言われている。銃弾を浴び、瀕死の重傷を負って倒れてる父親を見て吹っ切れたのだろう」  夕紀は難しい顔をした。 「どうした?」 「うーん…家出て、そこから裏社会でも有名な人になるって、どんな人生を歩んでるんだろうって」  祖父は苦笑した。 「それは本人に聞かんと、わからんな」  それはそうかと、夕紀も苦笑した。  食後、温かいお茶を飲んでる祖父に、夕紀は六堂のことを話した。  才蔵のことを“仇”と言っていたこと、チームにスカウトされたこと。  そんな話を聞き、祖父は眉根を寄せて、複雑な顔をした。 「おじいちゃんは反対?チームに入ること」  食べ終えた食器を桶に入れて水を張りながら夕紀は祖父に問うた。 「反対はせんよ。お前も裏の世界に生きる魔導士の端くれ。ただ…」 「才蔵の件?」  手で顎を摩りながら、祖父は難しい顔をする。 「仇の話は本当としても、本気で才蔵を倒すつもりなのか」 「知らないわよ」 「そもそも会ったことがあるというのが、解せんのぉ」  話し半ばだったが、明日も学校だ。  食器洗いを終え、学校の課題を終える頃には二十三時を過ぎていた。  明日の授業で使う教科書を鞄に入れ、風呂に入る。髪や体を洗い、浴槽(ゆぶね)に顎まで浸かると、一日の疲れが滲み出てくるようで、思わずウトウトしてしまう。  湯気の溜まった天井から落ちてくる水が頭に当たり、ふと目を覚ます。 「あーあ、どうしようかなぁ」  裏社会に片足を突っ込んだような感じでの学生生活。その後の進路をどうしたものか、悩んでいた中での、チームの誘い。  何となく、六堂のこともどこか気になる人物だった。  裏社会に身を置くことに抵抗はない。既に祖父に着いて仕事を手伝ったこともあり、命を殺めたこともある。もちろん、無実の一般人ではないが…。  幼い頃から、魔導士としての教育を受けていた夕紀は、学校で友達とは少し距離を置いていた。男子生徒から告白されたことも何度かあったか、全て断っていた。嬉しくないわけではないが、ピンと来なかったのだ。  夕紀は、いつも何かはっきりしないボヤけた感じの青春を過ごしていた。  そんな中、誘われたチームの件。最初は興味がなかったが、六堂と車で話してみて、迷い始めたのだった。
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