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 ありがとうございます、と小さく礼を述べると、星乃は事件の詳細について、頭の中を整理するように順を追ってマスターに話して聞かせた。  玄関扉は施錠されており、一階のリビングの窓が一つ無施錠だった。  一階、二階ともに荒らされた形跡があり、財布、宝石類、スマートフォンなどの金品は余すところなく奪われていた。被害者の指には結婚指輪すら残されていなかった。  被害者である家主の妻は寝間着姿で、リビング奥の書斎に備えつけられた一畳強の防音ブース内で餓死した状態で発見された。扉に鍵はないが、重みのある段ボールをつっかえ棒代わりにして扉を開けられないようにされており、被害者は中から出られない状態だった。  夫は先週、一月十一日火曜日から二週間の予定で東京へ出張に行っており、遺体の第一発見者は被害者の不倫相手。くだんの不倫相手によれば、被害者との連絡が途絶えたのは一月十二日水曜日だが、メッセージアプリを使ったやりとりのみであり、スマートフォンが室内に残されていなかったため、夫が妻になりすまして不倫相手と連絡を取っていた可能性が考えられる。夫は現在東京から自宅へ戻る段取りをしていることを最後に言い添えた。 「なるほど」  星乃が口を閉ざすと、マスターは深くうなずいた。 「妻の浮気が殺害動機であるとするのは少々苦しい気もしますが、夫婦の問題は夫婦の数だけバリエーションがあるわけですし、状況が状況だけに、お客さまがご主人をお疑いになりたい気持ちは理解できます」 「絶対に夫が怪しいと思うんです」  所轄署のベテラン捜査員から「あまり先入観を持たないように」との助言を受けたばかりだというのに、星乃の考えは夫の犯行にすっかり傾きつつあった。 「だっておかしいじゃないですか。留守中に空き巣に入られて、なおかつ奥さんまで殺されるなんて。都合よすぎですよ、そんなの。だいたい、夫が長期不在ということは、若い女性が一人で長い時間を過ごすことになるわけで、そんな時に窓が無施錠のまま放置されるなんてことになりますか。普段以上に戸締まりには気を配るはずでしょう。物干し竿だって二階のバルコニーにあったし、この真冬に一階の窓の鍵が開けっぱなしになるなんてあり得ない」  凝り固まった思考をまくしたてるように披露したら、マスターに苦笑いを向けられた。 「お客さまのお考えにも一理あります。ただ、お客さまが『都合よすぎ』と言って切り捨てた、ご主人の留守中にたまたま強盗が入ってたまたまご在宅だった奥さまが監禁された末にお亡くなりになった、という可能性はゼロではありません。否定するには、それ相応の材料が必要になってくるのでは?」 「それは……」  マスターの言うとおりだった。  班長にも釘を刺されたが、夫の犯行を裏づける証拠が出ない限り、純粋な強盗殺人の線を捨てるわけにはいかないのだ。目撃情報が挙がらないのも、犯行が一週間前のできごとだからというだけかもしれない。根拠もなしに可能性の芽を摘むことは、刑事としてあるまじき行為だ。 「では」  頭をかかえる星乃の向かい側で、マスターが右手の人差し指をピンと立てた。 「こういうのはどうでしょうか。本件がご主人の犯行だったと仮定して、ご主人が具体的にどのような行動を取ったのかシミュレーションしてみるというのは」  なるほど、それはいい。犯人の思考や行動をたどってみる、ということだ。「やってみます」と言って、星乃は脳をフル回転させた。
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