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マスターはうなずき一つで星乃の発言に同意を与えた。となると、隠し場所が問題になってくる。
「駅のコインロッカーなんてどうですか」
星乃は思いつくままに意見を出す。
「東京へ行くなら新幹線を使うはずだから、新幹線に乗る前に、名古屋駅のコインロッカーに預けたとか」
「どうでしょうか。駅のコインロッカーの使用期限は長くても三日が限度だったはずです。それ以降は駅員によって中身を取り出され、一定期間別の場所で保管されたのち、処分される。預けるものが高額な金品であることを考慮すると、他人の手に触れるような場所に保管しておくという選択肢は心理的に除外されるような気がします」
もっともな意見を突きつけられ、「そうだよなぁ」と星乃はがっくりとうなだれた。
「でも、他にいい隠し場所なんてあります? 家の中に隠し部屋があるとか、床板をはずしたら地下室が現れるとか、それこそ小説みたいな仕掛けでもない限り、人目につかないところへ隠しておくなんて難しいですよ」
「そうでしょうか」
立ち往生してしまった星乃とは違い、マスターはなぜか自信たっぷりな顔をしている。
「お客さまは先ほど、ご主人は新幹線を利用して出張に行ったとおっしゃいました。なぜそう思ったのですか?」
「えぇ? そりゃあ、覚王山からなら中部国際空港より名古屋駅のほうが近いし、『のぞみ』なら一時間強で東京駅につくでしょ。車じゃ最低でも六時間はかかる上に、東京は駐車場代が高いからコスパもよくない。そもそも、被害者宅の駐車場には車が二台停められていました。夫婦で一台ずつ所有していたようです。つまり、夫は車を使っていない。車じゃなければ、新幹線。そう考えるのが自然な流れじゃないですか?」
「はい、私もそう思います」
「は?」
意味がわからなかった。マスターはなんのために、東京出張への交通手段について星乃に考えさせたのか。
「あのー……、今のはどういった主旨の質問だったんですかね……?」
「見つかったではありませんか」
「え?」
「金品の隠し場所です」
なんだって?
今の問答の中に、金品の隠し場所が――?
「……あ」
星乃は椅子を鳴らして立ち上がった。
「あぁ! そうか、その手があった!」
迂闊だった。家の中ばかりに気を取られて、家の外にはまるで目が向いていなかった。
「ありがとうございました! コーヒー、ごちそうさまでした!」
財布から取り出した千円札をカウンターに置き、星乃は店を飛び出した。「お客さま!」とマスターが呼び止める声は耳に届いていなかった。
ここへ来て正解だった。マスターと話ができてよかった。
一杯四百円のコーヒーに倍以上支払うことになったけれど、それだけの価値、いや、それ以上の価値がこの店にはあった。
刑事が素人の手の上で踊るなんて、それこそ小説の世界のような話だ。
だが、些細なことだ。大事なのは、事件が確実に解決へと向かうことなのだから。
西の空に太陽が沈み、夜の帳が下り始めた名古屋の街を、星乃は全速力で駆けた。
息を弾ませ、事件現場である矢上家に舞い戻る。
図ったようなタイミングで、被害者の夫である矢上拓保が帰宅したところに鉢合わせた。
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