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 被害者を含めた総勢十四名が集まったというダイニングルームには、西洋の城にあるような長いテーブルが部屋の中央にどんと置かれていた。端と端の、俗に言う『お誕生日席』に向かい合って座ると、相手までの距離は十メートルほどになる。  今夜の晩餐会の出席者は、ダイニングルームと一続きになっているリビングルームで待機するよう警察から指示が出ていた。長男、篠岡青羽の子であり、被害者、篠岡ひばりの孫である誠と愛はすでに客間で眠ってしまったといい、残りの十一名がそれぞれ居心地悪そうに(つど)っている。  ――病死した夫の遺産を、被害者が一人で総取りしたらしいんです。  遺体発見現場である寝室からこのリビングダイニングへ移動してくる前、星乃と班長は所轄署の若手刑事からそんな話を聞かされた。  二ヶ月前に末期がんで逝去した前社長、篠岡宗之の個人資産は五千億円。その譲渡に関して、彼は病気が発覚してまもなく、長女の泉の夫で丸篠の顧問弁護士を務める福谷浩輔の立ち会いのもと、遺言書を作成したそうだ。  その内容は『全財産を妻であるひばりに譲ることとする』。五人の子どもたちには一銭も遺さないつもりだったのだ。  これが大問題だった。遺言によらず、法定相続によって遺産が分配されていた場合、子どもたちも相続人となれたのだ。妻のひばりが二分の一、五人の子どもたちがそれぞれ十分の一ずつ相続するよう民法で定められている。  しかし、被相続人には自己の財産を自由に処分する権利があり、遺言書を作成することによって遺産を誰に相続させるか決めることができる。遺言の内容は最優先されるため、宗之が『すべて妻に譲る』と遺言の中で宣言したら、子どもたちの相続権は失われてしまう。どんなに理不尽でも、故人の遺志は絶対。今回はこのケースに該当した。  ただし、この規則には例外があり、配偶者や子など、法定相続人の中でも特定の地位にある者には、遺言の内容を超越して一定の割合で遺産を相続できる権利が発生する。これを遺留分(いりゅうぶん)というが、今回のケースでは五人の子どもたちが遺留分請求権者となり、遺産の全額を相続した篠岡ひばりに対し、それぞれ二十分の一――本来の法定相続分の半額を支払うよう請求することができるのである。  二十分の一。すなわち、遺産の五パーセント。  実際、五千億円の五パーセント――二百五十億円を五人はそれぞれ請求して手にしたというが、本来もらえるはずだった金額の半分になってしまった。相続税を引かれればさらに減る。  とはいえ、億単位の大金である。金額が金額だけに、殺人の動機になるかどうかは想像のしようもない。  ただ、もらえるはずだったものが手に入らなかったら少なくとも悔しい気持ちにはなるだろう。夫が妻だけに遺産を相続させた点も加味すると、もしかしたら子どもたちはもとより両親との折り合いがよくなかったのかもしれない。とすれば、たとえば五人で共謀して事故に見せかけた殺人を企てたとしてもなんら不思議はないし、五人がグルなら偽証をすることだってたやすい。  遺産目当ての殺人。一応、一つの可能性として考えておくべき線だろう。その他にも、大企業の創業者一族ならではの動機が出てくるかもしれない。  今夜この邸にいた誰にも、チャンスと動機があった。そう思っておいて間違いなさそうだった。
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