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「お疲れのところを申し訳ありません」  リビングルームに入った班長が声をかけると、十一人の関係者の視線が一斉にこちらへ注がれた。 「これからお一人ずつ順番にお話を伺います。呼ばれた方は隣のダイニングルームへ。捜査の一環ですので、ご協力をお願いします」  結婚式の披露宴会場かと見間違いそうなほど広いリビングのあちこちから、憂鬱なため息が聞こえてきた。午後十時を回っている。「勘弁してよ」と実際に声に出したのは、長女の福谷泉だった。 「母はピーナッツを誤って食べて死んだ。つまり、事故。今夜並んだ食事の中にうっかり入っちゃったんでしょ、ピーナッツが」 「あり得ません!」  初老でぽっちゃり体形の家政婦、保田紀代子が涙声で訴えた。 「この家には、ピーナッツを含む食品は一切置いておりません。間違って入ってしまうことなど起こり得ないことです」 「そうだよ、泉姉ちゃん」  次男の篠岡朝日が、手もとのポータブルゲームに目を落としたまま言った。 「今さら事故だなんて、誰も信じないって。母さんがピーナッツアレルギーだったことはここにいる全員が知ってる。誰かが故意に食べさせたに決まってるでしょ」 「やめろ、朝日」  葬儀では喪主を務めることになる長男、篠岡青羽が、弟と目を合わせることなく言葉だけでぴしゃりと制した。 「俺たちがここでとやかく言っても始まらない。今は刑事さんたちの指示に素直に従え」 「なんだよ、善人ぶっちゃって」  互いに互いを見ないまま、朝日と青羽のやりとりは続く。 「実は兄ちゃんなんじゃないの、母さんにピーナッツ食べさせたの。母さんのことを一番嫌ってたのは兄ちゃんなんだし」 「悪いが、おまえがそうやってケンカをふっかけてくるだろうことは想定済みだ。相手にする価値もない」 「フン、無理しちゃって。内心焦ってるんだろ、僕に痛いところを突かれて」  話にならん、と青羽は鼻であしらうと、背を預けていたグランドピアノから離れ、まっすぐ星乃たちの立つほうへと歩き出した。 「行きましょう、刑事さん。事情聴取、私からでもかまいませんよね」  伺いを立てたわけではなく、彼の意がこの場の総意であるかのように、青羽は言い終える頃にはダイニングルームのテーブルについていた。生まれながらにして日本有数の大企業のトップに立つことが決まっている男にとって、下々の民の顔色など、伺う必要はこれっぽっちもないらしい。  あるいは、弟からの挑発に案外腹を立てているのかもしれないなと星乃は思った。だとしたら似た者兄弟だし、母親を亡くしたばかりだというのにさっそく喧嘩とはいかがなものか。  (なか)ばあきれ、星乃は改めてリビングルームを見渡した。  母を失った悲しみの涙を流しているのは、ソファの上で母の愛猫を抱きかかえている、三女の桜だけだった。
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