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「孤独な人だったのよ、母は」  晩餐会終了後の午後七時半には夫の福谷浩輔とともに邸をあとにし、突然の母親の訃報を受けて戻ってきたのは午後九時過ぎだったという長女の福谷泉だが、彼女の口からは、母を亡くしたばかりの娘とはおよそ思えない冷めた証言が飛び出した。 「わたしが幼稚園にかよい出した頃に紀代子さんがうちで働くようになって、わたしの世話はほとんど紀代子さんが見てくれたわ。翠や朝日、桜の面倒はわたしが見た。母は兄さんにつきっきりだったもの。母がわたしたち四人に言うことは、決まって『自立なさい』だった。自分だって世間知らずのお嬢さまのくせに、わたしたちにはなんでも自分でやれって言うのよ。……いいえ、世間知らずのお嬢さまだからこそ、そういう偏った教育しかできなかったのね。丸篠の跡継ぎを産み、立派に育て上げるためだけに、母は篠岡家に嫁いできたんだから。それしか頭になかったのよ」  このあたりの事情は、青羽や保田の証言と矛盾しない。青羽にはマンツーマンで、泉以下四人の子には突き放すことで厳しく接した。兄弟間に亀裂が生まれるのも無理のない話だった。 「わたしたちへの態度は、兄さんが社会に出てからも変わらなかった。今さらどう接していいのかわからなかったんでしょうね。この家には今でも朝日と桜が住んでいるけれど、母とは食事の時にようやく顔を合わせる程度で、三人が三人とも自分の部屋に引きこもるような生活らしいわ。母と唯一関係がうまくいっていたのは紀代子さんだけ。母の死を一番悲しんでいるのも、きっと紀代子さんよ」  そう話す泉の瞳は、清々しいほど乾いていた。家族の仲はよくなかったという青羽の証言を後押しするような言動に、星乃は故人を想うと胸が痛んだ。  母親の死を素直に悲しめないというのは、それこそひどく悲しいことではないだろうか。
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