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「お話できることはなにもありません」  白猫のメアリーをかかえたまま、末っ子の三女、篠岡桜は小さな声を震わせた。 「別の刑事さんにもお伝えしたとおり、紀代子さんは絶対にピーナッツを使った食事は作りません。わたしも同じピーナッツアレルギーだからです。晩餐会が終わったあとのこともよく知りません。わたしは一人で部屋に戻って受験勉強をしていました。それ以外のことはなにもわかりません」 「そうですか。あなたは普段からお母さんとこの家で暮らしているそうですが、最近のお母さんの様子でなにか気になった点はありませんか? 誰かともめているような声を聞いたとか」  班長の質問に、桜は即座に首を振った。 「ありません。父が亡くなってから、外出の回数が極端に減ったと紀代子さんから聞いています。唯一出かけるのが生け花教室で、トラブルがあるとしたらそこでのことかと思いますけれど、わたしはよく知りません。母とはあまり話をしなかったので」  桜の口からも、他の兄弟たちと同様の発言が出た。一つ屋根の下に暮らしながら、会話がなかったというのはなんとも悲しい話だ。血を分けた実の親子だというのに。  星乃の心情が顔に出たのか、桜はメアリーを撫でながら言った。 「仲がいい家族とはお世辞にも言えません。でも、母を殺したいほど憎んでいる人はいないと思います。遺産の件も訊かれたと青羽兄さんが言っていましたけれど、父が母に遺産を全額贈与しようとしたのは、わたしたちが若いうちから必要以上に多額の金を手にしないようにするためだと、弁護士の福谷さんから伺いました。理に(かな)っていると思います。『自立なさい』という母の言葉を父の遺言に置き換えるなら、『自分の金は自分の力で稼げ』ということでしょう。それでいいとわたしは思います。遺留分をそれぞれ請求することになったのは、あとになってトラブルになると面倒だからと、福谷さんが全員に勧めたからです。大学の学費は別途母が用意してくれていましたから、私の場合、結局は持て余すことになりそうですけれど」 「医学部に進学なさるご予定だそうですね」  班長が確認すると、桜は「はい」と素直にうなずいた。 「一番はアレルギーの研究に力を入れたいと考えていますが、臨床医としては小児科医になりたいと思っています」  無事に受かるといいのですが、といかにも自信のなさそうな顔で言った桜だったが、心の中では合格を確信しているように星乃には見えた。  儚げな雰囲気をまとう育ちのいい女子高生、というのは表の姿で、彼女は案外、したたかな女性であるのかもしれない。
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