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 事件から三日が立ち、(こよみ)が六月に変わった。  捜査はほとんど進展していなかった。津下の犯行を裏づける証拠がなかなか集まらず、現時点では逮捕、送検しても証拠不十分で起訴まで持ち込めそうにない。かくなる上は被疑者の自供をと、依然として津下実久里への厳しい取調べが続けられている。  殺された茅野皓についても徹底的に身辺を調べ上げた。  彼は身を寄せていた半グレ集団で詐欺行為をくり返していたと思われるが、組織犯罪対策課の話では、彼らは自分たちが関与したという証拠が残らないよう慎重に動いているため摘発が難しく、存在は知られていても、組織を壊滅させるためには相当の時間と労力が必要とのことだった。  つまり、茅野たちは事実上、野放しの状態だった。どこかで恨みを買っていてもおかしくはないし、本人の知らないところで殺されるだけの理由を積み上げていた可能性は大いにある。  津下に殺す動機がなくても、茅野には殺される理由があった。そういう見方をするならば、津下はひょっとすると真犯人に利用されたのかもしれない、なんていう線も浮かんできそうだ。  しかし、裾野が広がるばかりで収束の見込みがまるでない。これという明確な証拠は、どう動けば見つかるのか。  捜査はあっという間に暗礁に乗り上げ、星乃は気持ちの晴れないまま、名古屋屈指の高級住宅街、覚王山の一角に店を構える『珈琲茶房4869』に足を運んでいた。  春が終わり、日暮れの時刻はすっかり遅くなった。まもなく午後四時三十分。六月の太陽はやや西に傾いたところで燦々(さんさん)と照り輝いている。  コインパーキングに車を停め、徒歩で店の前に差し掛かる。星乃は看板を見つめたまま、動かしていた足を静かに止めた。  三月の中頃、丸篠(まるしの)ホールディングスの創業家で起きた事件の捜査に追われていた時に訪れて以来だから、ここへ来るのはずいぶんと久しぶりだ。なかなか扉をくぐる勇気が出ないのは、前回この店のマスターと交わした会話に、「やめておけ」とスーツの襟首を後ろから掴まれているような気がしているからだった。
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