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 肩をすくめ、星乃は観念したように事件の概要についてマスターに語って聞かせた。「これは俺のひとりごとってことで」といつもの断りを入れ忘れたことに途中で気づいたが、どうにでもなれと知らないフリを決め込んだ。  一通りの説明を終えると、マスターは「なるほど」と小さくつぶやいた。 「お客さまのおっしゃるとおり、最大の問題となるのは被疑者の女性がどのタイミングで目を覚ましたか、という点でしょうね。ですが、ここは彼女の証言を信用して、バーで酔いつぶれてから朝になるまで一度も覚醒しなかった、ということにして話を進めてみましょう」 「彼女は意識を失ったまま、ホテルの部屋まで運ばれた?」 「えぇ」 「でも、事件当日の客は全組が男女二人のカップルだったってフロント係が……」  言いかけて、星乃ははたと気がついた。  津下実久里が朝まで意識を失っていたと証言していることを踏まえて尋ねたが、フロント係の証言の中に「誰かが誰かを抱きかかえて部屋へ行った」というものはなかった。  そしてマスターは、津下実久里、茅野皓、真犯人の三人でホテルの部屋へ同時に入室したと考えているようだ。  津下が眠りこけていたというのが真実なら、ホテルのフロント係が小さな目隠し窓から見たという男女二人組のシルエットは、殺された茅野と真犯人だった、ということになる。  つまり、 「犯人は、被疑者になりすましていた……?」  互いの顔が見えないようにつくられた目隠し窓なのだから、フロント係の目に映ったのは客の首から下。誰かが津下になりすまし、茅野とともにホテルへチェックインしたとしても、フロント係には『男女二人組が入室』ということしかわからない。なんなら、犯人のほうは女装をした男性でもいいわけだ。首から上は見えないのだから、女性ものの服装で茅野の隣を歩けば男女のカップルを装える。 「部屋に入る方法は、それが一番シンプルで確実だと私も思います」  マスターはさりげなく星乃の考えを後押しした。  しかし、星乃は自らの見解に疑義を呈す。 「待ってください。そうだとすると、もっとおかしなことになりませんか? 三人が同時に入室して、そのうち被疑者の女性は朝まで眠ったままだったわけだから、被害者と犯人が協力して眠った彼女を部屋へ運び入れたってことになりますよね?」 「はい、そうなりますね」  マスターは淡々とした口調で同意した。「いやいやいや」と星乃は大げさに手を振る。 「犯人はともかく、どうして被害者が被疑者の女性をホテルの部屋へ運び込む手伝いをしなくちゃならないんです?」 「それは、もともとそういう契約だったからでしょう」 「契約?」 「思い出してみてください。お客さまから伺ったお話の中に、被疑者の女性はお酒に強く、初対面の男性と飲むにあたって酔いつぶれるほどの量を呷ることは考えにくいのではないか、というご意見がありました。それから、彼女がスマートフォンで恋愛関連の名言やコラムを検索するのが趣味だったことも、同僚の方の証言にありましたね」  そうか、と星乃は顔を上げた。 「被害者が被疑者に接触したのは、偶然を装った必然だったってことか!」 「おそらく、計画の一部だったのでしょうね」  犯人が津下実久里の行動について詳細に把握していたのだとすれば、茅野皓を利用して接触させることは難しくない。  よく足を運んでいたというバーの場所を教え、声をかけるきっかけになればと、津下が日常的に恋愛関連のコラムを読み漁っていることを茅野に吹き込んでおく。茅野は半グレ集団の一味として詐欺を働いていたのだから、芝居の一つを打つことくらいお手の物だったはずだ。巧みな話術で津下をその気にさせ、酒の量を増やさせることは可能だろう。  マスターは続ける。
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