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04 一太郎-た=いちろう
「うん、よろしい」
最後の一枚に、花子さんのOKが出た。
砂時計を見ると、まだ少し残っていた。
「結構ギリギリ?」
「そうね。残り二〇分ってところね」
ふう、とため息をついて花子さんが答える
砂時計には目盛りもないのに、残り二〇分とかよくわかるものだ。
「時間も少ないことだし、報酬を決めましょうか」
「……報酬? もらえるんですか?」
「成果の対価を払うのは当然でしょう。例のあぷりを見てみなさい」
花子さんに言われ、オレは〈ぶっとび〉の報酬の項目を見た。
「未設定の場合、願い事一つになるって書いてあるんだけど、どういうこと?」
もしかして、コレ、花子さんがお願いを一つ聞いてくれるってことか?
あんなことやこんなことを……!
いやいや、まさか。そんなことがあるはずないよね。
「そのままの意味よ。あなたの願い事を一つ、わたしが聞いてあげるということよ」
「ええっ!?」
「そんなに驚くこと?」
オレの声に、花子さんも驚いた。
「こちらではよくある報酬の支払い方だけど。そうか、あなたの世界では一般的ではないのね」
さすが異世界だ。すげぇ……。
「ど、どんな望みでも、い、いいいわけ?」
「ええ、わたしが見合うと判断すれば。──どうしたの? 息が荒いわよ?」
そりゃ息も荒くなるよ。
こんな美人のエルフさんが、なんでも言うこと聞いてくれるっていうんだよ?
興奮しない男がいるか? いや、いない! いるはずがない!
オレがクリアした仕事は翻訳だった。
専門性が必要な仕事だ。高額であっていいはずだ。
いや待て。専門性といっても、それは〈万金鈴の書〉によるもので、オレのスキルではない。いやでも、この翻訳の魔導書を使えるという、オレの体質(?)はレアなはずだ。
しかもその文書には、国の重要文書がいくつもあった。内政、外交、重要な予算案…一つ間違えば国が傾くようなものじゃないか。
だったら、ハーレムとか要求できんじゃね?
人間、エルフ、ドワーフ。女戦士、姫騎士、聖女、シーフ娘。あらゆる種族、あらゆるクラスの美女、美少女を集めて、あんなことやこんなことをする……。
ハーレムが無理だとしても、花子さん一人とならイケるかも……!
エルフの花子さん。
メガネをかけた知的な超美人。近頃はグラマーなエルフが流行りっぽいが、花子さんのスタイルは、伝統的な(?)スレンダーボディ。
でも、それがいい! それでいい!
そう力説したくなるほど、花子さんは魅力的なのだ。
こんな美人さんと、いわゆる薄い本のようなコトができるなら…できたなら……!
「決まった?」
「うわぁ!」
至近距離で顔をのぞき込まれて、オレは飛び上がった。
飛び上がったついでに二メートルほど下がってしまう。
「もう残り一〇分よ。まだ決められないの?」
げげっ! 妄想している間にそんなに時間経ってしまったのか?
早く、早く望みを言わないと。
オレの望み…オレの望みは、花子さんと……!
「は、花子さんと働けたことが報酬、かな。なんて……」
うわぁあああ!
情けない! そして死ぬほど恥ずい!
パニクってたとはいえ、オレはなんて恥ずいことを口走ってしまったんだ!
「……バカね」
内心悶絶するオレに、花子さんはため息ついた。そして一転、厳しい表情になった。
「あなたは、しっかり働き、成果を上げた。その報酬を受け取らないというのは、わたしに対する侮辱よ。成果のぶんの対価は受け取りなさい」
「す、すみません……」
花子さんに叱られて、オレはうなだれた。
……オレはあまりにガキだった。
ガキが照れ隠しにカッコつけても滑稽なだけだ。滑稽な上に花子さんを怒らせてしまった。
「ちょっと待ってて」
しょげるオレを残して、花子さんは部屋を出て行った。
と、思ったら、ドアを出てすぐの場所で、立ち止まり、言った。
「でも…ちょっと嬉しかったわよ」
背中を向けたままの花子さん。
でもそのとがった耳はほんのり赤らんでいた。
うわぁあああ! かわいすぎるよ、花子さん!
花子さんは一分と経たず戻って来た。
「これから大事な試験があるのよね。これを貸すわ」
そう言って彼女が差し出したのは、白い羽ペンだった。
ファンタジー作品や、中・近世が舞台の欧米の映画なんかでよく見かける羽のペンだ。
よく見ると、白い羽は微かに虹色の光を帯びていて、ペン先は金色の金属だった。
「これは記憶を引き出すペンよ」
花子さんが説明した。
「本来、わたしたちは見聞きしたものすべてを記憶している。思い出せないのは、忘れてしまったからではなく、その記憶が、簡単に取り出せないところにしまいこまれてしまったからなの。
このペンは、そのしまいこまれた記憶を取り出す魔法があるの。
あなたがちゃんと読み、理解していることなら、このペンに集中すれば思い出すことができるわ」
「すごい! そんなことが可能なんだ!」
さすが魔法の世界。試験にヒーコラ行ってる受験生にすれば、こいつは夢のチートアイテムだ。
「おまじないよ」
そう言って花子さんは羽ペンにキスをした。
オレの合格を祈ってのおまじないか。嬉しいよ花子さん。
「今のおまじないで、このペンは十二時間後、こちらの世界に戻って来ることになったわ。それだけあればいいでしょう?」
「は、はい。十分です……」
エルフで、メガネで、知的お姉さんで、その上天然ボケかよ!
ちくしょう! どストライクだよ!
「では、最後の手続きね。すまほを出してあぷりを起動して」
言われた通り、スマホを取り出し、〈ぶっとび〉のアプリを起動させる。
花子さんはスマホの画面に人差し指を置いて、静かに言った。
「すべての依頼は完了しました。ご苦労さま」
そしてにっこりと笑う花子さん。
これでお別れなのか。
何か、何か言いたいけど、言葉が出ない。
あわあわしているオレを見て、花子さんはくすりと笑った。
「もし、またあなたの力を借りたいと言ったら、来てくれる?」
花子さんはお見通しだ。
そしてオレの答えはきまっていた。
「お、オレは──」
決まっているのに、言葉が出ない。そこに──
──ぴろりん♪
アプリの通知音が鳴り、世界は暗黒にぬりつぶされた。もう花子さんも、あの図書室も見えない。
「待って! まだ花子さんに言ってないことが…!」
足下に光る魔法陣が現れ、稲妻が乱舞し、炸裂する。
暴力的な閃光。破壊的な轟音。
その中でオレは頭を抱えていた。
微笑みながらハーブティーを入れてくれる花子さん。
冷たいジト目でオレをにらむ花子さん。
文書を読むことはコミュニケーションだと力説する花子さん。
そして、「よろしい!」と微笑んで言う花子さん。
短い間だけど、オレは花子さんに惹かれていた。
また会いたいよ花子さん。
ああああああ! オレのバカ! この一言がなんで言えなかったんだ!
閃光と轟音はだしぬけにやみ、静寂が戻った。そして──
オレは、受験会場にいた。
「ほんとに数秒しか経ってないんだな」
スマホの時計を見ると、秒針が動いていた。時刻は試験開始の四〇分ほど前。
違うのは、オレの手の中に魔法の羽ペンがあること。それだけだ。
「……よし、やるか!」
魔法の羽ペンを手に、オレは席へと向かった。
花子さんが貸してくれた魔法のペン。
花子さんがキスしたペン。
なんかもう、コレ持ってるだけで自信が湧いてくる。試験に受かりそうな気がする。
異世界での冒険──っていうほど冒険ではないけれど、花子さんと過ごした何時間かの時間。
とても充実していて、達成感があった。
山と積まれた書類の翻訳作業。あれを片付けたことで、自信が付いた。
「きっとこういうの、レベルアップしたって言うんだろうな」
受験票の番号の席に着き、オレはつぶやいた。
もう魔法のペンなんかなくても、試験に受かりそうな気がする。
いや魔法なんか使わず、己の力だけで試験に臨んでもいいかもしれない。それが試験を受けるということだし!
「……でも、やっぱり」
羽ペンの魔法の効果が気になる。
オレは羽ペンを握り、そこに意識を集中すると──
「おお…!」
すごい。頭の中に、年号や英単語がずらずらとあふれ出てくる!
前言撤回。こんなチートアイテム、使わないと損だ!
実力で挑む? 受かれば勝ちじゃないか!
それに、そう、これはすべてオレの頭の中にある記憶だ。カンニングだとしても合法的カンニングだ。
「ふふふ、この試験。もらった!」
オレは勝利を確信し、試験の開始を待った。
◆ ◆ ◆
──二ヶ月後。
オレは再びあの異世界の図書室に召喚された。
「お久しぶりね一太郎。試験どうだった?」
笑顔で迎える花子さん。
「あははは……」
かわいた笑いでオレは答えた。
「……見事に落ちました」
「ええっ? あのペン使えなかったの?」
「使えなかったというか、使わせてもらえなかったというか……」
そう。花子さんから借りたチートアイテム。魔法の羽ペン。
試験開始の直前、それを試験官に取り上げられたのだ。
──定められた筆記用具以外の使用を禁ず。
あの大学の試験にはそういう決まりがあったのだ。
魔法の羽ペンを取り上げられ、オレは頭が真っ白になった。次にパニックに陥り、試験は最初の課目から惨敗。
そのショックで風邪をひき、無理して受けた第二志望は試験中にダウン。滑り止めにと考えていたところは、風邪をこじらせて試験を受けることすらできなかった。
「そんなわけで、春から一太郎から改め一浪ですよ。あっはっはっは~」
もう笑うしかない。
そんなオレを見て、花子さんは目を伏せた。
「ごめんなさい。わたしが人材召喚会社に依頼したせいね」
しょんぼりする花子さん。
「いやいやいやいや! 花子さんのせいじゃないよ!」
オレはあわてて言った。
「オレの世界には、運も実力のうちって言葉があるんだ。落ちたのはオレの実力ってことさ」
考えてみれば、魔法のペンに頼ろうとしたのが間違いだったのかもしれない。
使えないと知った時のショックで頭が真っ白になった。そこから急転直下の敗北、不戦敗である。
とんだ豆腐メンタルである。何がレベルアップだ。
「そんなことより、また召喚したってことは、オレの力が必要な事態が起きたんだよね? 早速とりかかろうよ」
「いいの?」
「浪人になったから時間はある! それにちょうどバイトを探してたんだ」
オレは明るく言った。
空元気だけど、花子さんをしょんぼりさせたままではいけないからな。
「ありがとう。それでは、また一太郎に頼らせてもらうわね」
「よろこんで!」
「それでは、まずこれを飲んで」
…………え?
差し出されたゴブレット。中にはどろっとした赤い液体。そしてよく見れば、テーブルの上に座布団みたいな魔導書が。
「あ、あのもしかして、またインストール(物理)を?」
「ちょっとした更新だけだから大丈夫よ。……多分」
「多分って……」
まあ、いいや。
オレはぐいと赤い液体を飲み干し、叫んだ。
「よし! いっちょこいやぁ!!」
(おわり)
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