第一幕 第3章 私だけの居場所

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◆◇  『ブラック時計』をつけ始めてから、一週間が経った。  時計をもらった日には、どんなすごいものが「見える」ようになるんだろうと、ワクワクもしていた。  しかしどういうわけか、この一週間、それらしいものは何も見えていなかった(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。 「吉原さん、なにその時計」 初めて学校に時計をつけていった日、目敏く指摘してきたのは相変わらず、田中理恵だった。私なんかが身につけているものの変化にすぐさま気が付くなんて、皮肉でしかない。きっと、些細なことでも私に言いがかりをつけるきっかけにしたいのだろう。 『ブラック時計』の効果が見られないことだけでもがっかりしているのに、さらにクラスメイトから心ない言葉を頂戴するなんて、ついてない。 理恵が朝から私に絡んでいるのを見て、他のクラスメイトたちも「うわ」とか「ださー」とか、はっきりと聞こえるように、嫌味をのたまう。大事な時には人の話を無視するくせに、指摘されたくないところではわざわざつっかかってくる彼女。 「関係ないじゃん。放っといてよ」 動揺を悟られないように、強気の言葉を返すしかない私。 理恵の背後に、串間悟の頭が見える。少しだけ、私の方へ頭を傾けているけれど、直視はしてこない。理恵のことが気になっているんだろうか。隣の席なんだし、後でゆっくり話せばいい。 吉原加奈の腕時計が格好悪いって。 「理恵、吉原なんかに構ってないでさー、ちょっと来てよ。響子がまた新しいポーチ買ってもらったって」 「え〜また?」 「どれどれ?」と他の女子たちに呼ばれて理恵は私の前から去っていった。 視界から彼女がいなくなったため、自然と前方に座る悟の姿が目に入った。 彼が、私の方をちらりと見て、気まずそうにまた前を向く。なんだろう。普段、悟からはそんなに目立った攻撃や無視を受けてないのに。私に嫌がらせをするのは大抵女子たちで、男子は、例えば理恵が命令したときなんかは、分かりやすく嫌がらせに加担する。でも、そんな中で、悟はいつも困ったような目、時に冷めた目で私たちを見ていた。私を見ているのか、理恵たちを見ているのか、はっきりしないけれど。 そんな彼だけど、直接話したことはほとんどない。 必要最低限の会話はするけれど、休み時間に話したり一緒に遊んだりなんてことは絶対にない。クールで周りの子たちより大人びて見える。もしかしたら私も、悟と同じような部類の人間なのかもしれないけれど。 ふと、先ほど理恵にからかわれる原因になった腕時計の存在を意識する。 もし、この時計の効果が本当ならば、串間悟の本心を見てみたい。 それ以外に、特に見たいものなんかないから。 私はもうほとんど、『ブラック時計』の話を冗談だと思い始めていた。桜庭書房の芦田さんは真面目で嘘なんかつかなそうな人だったのに。こんな子供騙しの実験をして、いったい何が楽しいのだろうか。 効果がないのなら、潔く外してしまおうかとも思った。それなのに、なぜか脳裏に理恵の勝ち誇った表情や、遠くから私を眺める悟の姿が頭をかすめて外すことができない。なんだか、呪いみたいだ。特に害はないみたいけれど、絶対に外すことができない時計。赤い靴を履いた少女のように、私も教室という舞台で、踊り続けなくちゃいけないのかもしれない。 クラスメイトから無視されるのは、私が悪いのだ、きっと。 『ブラック時計』をつけていれば、また誰かに嫌味を言われる呪い。一生無視され続ける呪い。 「はあ」 前途多難。 この時計をつければ、何かが変わるかもしれないなんて少しでも思った自分が恥ずかしい。
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