第一幕 第3章 私だけの居場所

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その日から、私の生活は変わった。 動物と話ができたって、生活は対して変わらないんじゃないかと思っていたけれど、決してそうではないらしい。 「おはよう、加奈」 「今日もご飯ちょうだい」 「学校終わったら遊ぼうよ〜」 中学校に行くまでの間に、こんなに動物がいたのかとびっくりするくらい、色んな動物に話しかけられる毎日。 鳥、野良猫、犬がほとんどだけれど、たまに山から降りてきたイタチやタヌキの声も聞こえる。タヌキなんて、この歳になるまで見たこともなかった。でも、考えてみれば私が彼らの存在に気づかなかっただけで、本当は自分の周りにたくさんの動物たちがいたんだ。中学校だけが、自分の生きる場所だと思ってたけれど、視界を広げてみれば、こんなにも自分と関わりを持ってくれる存在がいる。そのことが私の心を軽くした。 「おはよう」 「……」 2年3組の教室に入るとき、私は以前よりも明るく挨拶ができるようになった。相変わらず、クラスメイトからの挨拶は返ってこないけれど、登校中に動物と会話をして明るい気持ちになっている私にとっては、全然痛くない。 「……おはよう」 いつもと違うと気づいたのは、私が自分の席に座ろうと、窓際の列の横を歩いている時だ。列の真ん中に座っていた串間悟が、挨拶を返してくれた。 最初は、聞き間違いかと思った。 だって、悟とは今まで一度も挨拶を交わしたことがなかったから。私の方が一方的に彼の様子を窺うことこそあれ、彼が挨拶をしてくれるなんて。どんな心境の変化だろう。 気になったけれど、悟と話そうとすると、間違いなく理恵に睨まれるため断念。 悟は、私が席に着いた後も何か言いたげな目をしてこちらを見ていたけれど、ホームルーム開始を告げるチャイムが鳴って、反射的に前に向き直った。 担任の石原先生が「はい、座ってー」と教室にやってきて、いつもの朝に戻った。 いつもとさして変わらない朝のはずなのに、気持ちは少しだけ軽い。 クラスメイトの男の子が挨拶を返してくれたということが、私の胸に小さな灯火を点けた。 窓の外で、昇ったばかりの太陽が、窓際の席を暖かく照らす。隙間風の寒さも、忘れさせてくれるぐらいに。
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