第一幕 第3章 私だけの居場所

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教室という空間は、私以外の40名の生徒にとって、これ以上ないくらいに居心地の良い場所なのに、クラスの中で省かれている私にとって、絶望的に狭い社会だった。 吉原加奈という人間が、どうやら「動物と会話しているらしい」という噂は、あっという間にクラス中、いや学年中に広まった。噂の源は田中理恵に違いないけれど、他のクラスの人間にまで話が及んだのは、あの日理恵と一緒に帰宅していた陸上部の二人が原因だろう。 「聞いた? 吉原さんって、猫と話すんだって」 「カラスとも会話してるって聞いたよ」 「なにそれーウケる」 人間の耳というのは不思議なもので、普段誰かと誰かが話している話の内容が聞こえることなんてほとんどないのに、自分に関わることならいくらでも耳に入ってくる。しかもそれが、自分への非難となればいっそう大きく聞こえた。 こういうとき、見知った顔の人たちが悪口を言うのを聞くのが、まだマシだと感じる。一番怖いのは、いままで一度も話したことのないような人たちが、陰で私のことを話していることだ。しかも間の悪いことに、その場面によく遭遇してしまう。 こんなに「怖い」と感じたのは、初めてだった。 学校中の生徒たちが、敵になっているような気がして。 関係ないはずの1年生や3年生の視線まで、気になって仕方がない。 教室はねずみ取りの籠の中だけれど、教室の外は行き場をなくした鶏小屋も同然だった。 今日一日、隠れるようにしてなんとか一日を過ごし、残りは5限目の授業だけだった。 5時間目は理科の実験だ。教室を移動しなくちゃ。あと5分で、授業が始まる。クラスのみんなはもうほとんど移動を始めていて、私だけが動くこともできずに取り残されていた。 教科書とノート、筆箱を持って教室から一歩、廊下へ踏み出す。 途端、これまでの不安がよりいっそう大きく膨らんで、吊り橋を渡りきった先に、崖が現れたような恐怖を覚えた。 でも、行かなくちゃ。 あと少しで、始業のチャイムが鳴ってしまう。 一人きりの移動教室は慣れているはずなのに、今までとは違って、世界そのものが暗黒に染まったみたいに、暗かった。廊下に出ると、雨のせいで土の匂いが鼻をかすめた。 これからずっと、こんなどす黒い気持ちのまま、中学2年生を過ごすのだろうか。いや、もしかしたら3年生になっても変わらないかもしれない。そうなったらもう、諦めて不良にでもなってやる。 雲行きの怪しい残りの中学生活。 堕ちてゆく、私。
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