第一幕 第3章 私だけの居場所

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雨。 お天気キャスターの予報した通り、日曜日は朝からずっと雨が降り続いていた。しかも、風も強く、部屋の窓がひっきりなしにぎしぎしと鳴ってる。一部の地域では、すでに暴風警報が出ていた。 一人で留守番している時だったら、絶対に怖くて震えが止まらなかっただろう。ある意味、日曜日で良かった。 ガタガタ、と戸建ての我が家は不穏な音を立て始める。これでは、簡単に壊れそうだ。もっとも、実際はそう簡単に壊れるものじゃないくらい知っていた。でも、それぐらい不安だった。 ご飯を食べ、トイレに行くとき以外、ずっと部屋に引きこもった。気がつけばもう午後3時を回っている。段々と小腹が空いてきた。こんな日でも、3時のおやつくらい食べても良いだろう。 階段を降りて、お菓子を漁った。お母さんとお父さんはそれぞれ雑誌を見たりテレビを見たりしてくつろいでいた。窓の外を意識しなければ、家の中はいたって平穏。私は、お菓子の溜まり場から、おばあちゃんのイラストのついたお煎餅を二つ取って、また2階の部屋に上がった。 最近ハマっている漫画を開きつつ、袋からお煎餅を取り出して口に入れようとした瞬間、窓の方からコツコツと聞き慣れない音がして、ふと音の方を見た。 「ツバメ……?」 小さな身体とくちばしで、必死に窓をつついている。キツツキが木に穴を開けているような勢いだ。彼とは、多分2、3度話したことがある。気になっている女の子がいて、けれどその子には好きな雄ツバメがいると知って悩んでいるという話をした気がする。ツバメの世界にも、人間と同じ悩みがあるというのが新しい発見だった。 そんな彼が今、普段とは違う必死の形相で私の目をしっかりと見据えて何かを訴えかけている。私は、彼のただならぬ気配に、咄嗟に机の上に置いていたブラック時計を手に取り左腕につけた。 雨風が強くて、なかなか窓を開けられなかった。両手でぐっと引いて、ようやくできた少しの隙間から、ツバメが私の部屋に舞い降りる。 「加奈、大変なんだ!」 50メートルを全力疾走した後、肩でゼエゼエ息をするみたいに、彼はままならない呼吸のまま告げた。 「ど、どうしたの? 雨がひどくて辛いの? しばらくうちにいてもいいよ」 「違う! そうじゃなくて、人間の子供が、川で溺れてるのを見たんだっ」 「え、人間の子供?」 「そう! だから早く来て!」 大変なことが起こったんだということは分かった。彼が言う「川」とは、美山中学のすぐ東側を流れる大きな川のことだ。生徒のほとんどが、普段その川を渡って登校している。私もそのうちの一人だった。 今日みたいに大雨が降る日は、川に近づかないように両親から聞かされていた。だから、二人に川に行くことがばれたら止められるに決まっている。 でも、だからと言って、ツバメが言うことをこのまま無視するわけにもいかなかった。彼が、緊急事態に悪質な嘘をつく鳥ではないということは重々知っている。 それに、「川で同じ学校の子が溺れているから助けたい」なんて話しても、そうしてそんなことが分かるのかと聞かれたら終わりだ。馬鹿正直に「ツバメが教えてくれたの」なんて言っても信じてもらえないだろうし。 頭の中で、どうするのが一番いいのか、ぐるぐると考えが入れ替わる。ああ、もう! もっと頭の回転が早ければ良いのに! 何を、どうするべきなのか、「これだ!」と思う正解が見つからないまま、気がつけば私はツバメと共に家を飛び出していた。家を出る前、「ちょっと学校に忘れ物を取りに行ってくる!」と苦しい言い訳を叫んで。母や父に、その声が届いたか分からないけれど、何も言わずにいなくなる罪悪感から少しは逃れることができた。 外に出た私は、吹き荒ぶ強風に、思わず目を瞑った。これでは絶対に傘なんか差せない。 迷ったが、一度玄関の扉を開けて、棚にしまってあるレインコートを手に取った。これなら、雨に濡れても平気だろう。 ツバメは、私の準備が終わったと分かると、全力で前へ飛び始めた。けれど彼の軽い体が、風に飛ばされそうで見ていられなかった私は、小さな体を掌に収めた。 「こうすれば安全でしょう」 「ありがとう」 ほっとした様子の彼の脈拍が、驚くほど速い。 「川の方へ急ぐねっ!」 「お願い」 ツバメを抱きかかえ、私は全速力で駆ける。雨も風も強いけれど、台風の日ほど大荒れではなかった。 「よし……」 自分が飛ばされる心配はなさそうだ。懸念があるとすれば、真冬の雨が冷た過ぎて、途中で体力が途切れそうなことだ。 「加奈、頑張れ!」 ツバメが、私のことを応援する声を聞いて、運動会のリレーで走っている時のような感覚に陥った。そうだ。私が頑張らなければ、川で溺れているという子を助けられないかもしれない。 とにかく、なりふり構わず走った。 フードはとっくに頭から外れてしまって、バチバチと大粒の雨が頭に降り注ぐ。痛いし、冷たい。 「あそこだ!」 5分も全力疾走しているうちに、目当ての川にたどり着いた。川の向こうには美山中学校がすぐそこにある。 「どこ?」 「ほら、あの橋の下だよ」 ツバメがくちばしを、橋の真下へと向ける。いつも登下校の際に渡っている橋だ。彼の言う通り、確かにそこに子供がいた。水に流されまいと、川から飛び出ている岩に掴まって、なんとか耐えている様子だった。 驚いたのは、その人物だ。 「理恵……!」
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