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「それでは、次の時間は学年集会なので、体育館に移動しておいてください」
担任の石原先生が教える社会の授業が終わった。
理恵が川に落っこちる事件が起こってから、2週間が経過した。あの時のことは石原先生からも連絡があり、クラスの全員が知ることになった。
理恵を助けた私や悟は褒められもしたが、同時にあんな雨の強い日に子供だけで外に出たことにはこっぴどく叱られた。
理恵は、一日だけ入院して、学校へはすぐに帰ってきた。あと少し川に浸かっていたら溺れていたか、体温の低下で危険な状態になっていたそうだ。
もちろん、両親にも叱られた。一体どこに行っていたんだと問い詰められ、心配症なお母さんは泣きそうになっていた。
けれど、お父さんが「加奈、よくやった!」と言ってくれたから、今度は私の方が泣きそうだった。結局私も、怖かったのだ。理恵を助ける瞬間、もしかしたら自分が川に流されてしまうかもしれないと、何度も頭をよぎった。だから、無事に理恵を救出できて帰ってこられたことに心底安堵していた。
もうあんな無茶はしないけれど。
理恵はあれから、私を無視したりいじめたりしなくなった。かと言って、分かりやすく話しかけてくることもない。でも、心のどこかであの時お互いの命を預けた瞬間を、覚えてくれているに違いない。
「加奈、一緒に行こう」
出席番号が隣でクラスで一番仲の良い山田朱音が、私の肩をトンと軽く叩いて言った。
「うん、ちょっと待って」
冬の体育館は恐ろしいくらい寒い。こういうとき、私はいつもカイロを常備していくのだ。上着のポケットに入れっぱなしだったカイロをまさぐり、制服のポケットに入れて準備完了。
「吉原」
朱音と二人で教室を出ようとしたところで、同じく教室の出入り口にいた串間悟が、声をかけてきた。
「どうしたの?」
悟とも、前よりずっとスムーズに話せるようになった。話したら意外と親しみやすくて、彼と仲良くする残りの二年生ライフも悪くないと思える。
「あのさ、放課後ちょっと、話があるんだけど……」
照れ隠しなのか、彼は私の目を見ていない。
私も、彼の目を見ることができなかった。
隣にいた朱音が、「わっ」と分かりやすく反応をしてくれたおかげで、私は余計に恥ずかしかった。
「……うん、分かった」
悟の目を直視できない私は、彼の額のあたりを眺めながら言った。
「加奈、その時計返しちゃうの?」
放課後、悟と話をした後、私には行かなければならない場所があった。
「そうよ」
足下を歩くいつもの黒猫が何かを察したのか、私にそう訊いた。
「そっか。寂しくなっちゃうな」
「そんな、急にしおらしいこと言わないでよ」
彼が感じている通り、私は左腕につけた『ブラック時計』を返しに行く。
もう必要ないと思ったのだ。
さっき、悟から言われた言葉がリフレインする。
『俺、吉原のこと、もっと知りたい』
照れ臭そうに言葉を発する悟は、普段のクールな彼がどこに行ったのかと不思議に思うくらい、年相応の男の子の顔をしていた。
好きだ、とはっきり口にされた時は、まさか、と自分の耳を疑った。
話がしたいと言う時点でもしかしたら、なんて考えもしたが、悟が私のことを気にするなんてありえないと思っていた。
『いや、好きっていうか、気になってるというか……』
語尾を濁す悟が、凛とした少年とは全然違っていて、なんだか可愛らしい。
『何、笑ってるんだよ』
『別に。そういうところあるんだなと思って』
『悪かったな。俺はこういう人間なんだ』
『ううん、そっちの方が良い』
ふふふ。
自然と笑みがこぼれる。
串間悟のことを、前よりも知れたから。
彼に、私のこと、好きって言ってもらえたから。
『私もね、気になってた。悟くんのこと』
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