314人が本棚に入れています
本棚に追加
"時間が忘れさせてくれるよ"
何人もの人にそう言われてきた。そうだと思う。でもそれが正解とは限らない。時が経てば経つほど、彼はもういないのだと実感してしまうから。
私を愛おしそうに呼ぶ声も、あなたを見上げる角度も、私を抱く時のクセも。全部、全部覚えてる。忘れられない、忘れたくない。
紘二がいないのが当たり前になって、日常が過ぎ去っていく。でも、その中で私は取り残されて。まだ時間が動き出さない。
こんな思い、もう誰にもさせたくない。させたくないのに、神様は無情だ。
「梨江が死んだよ」
甲斐くんの友人で、私の憧れの先輩。隣家の寝タバコが原因で出火し、梨江さんの自宅にも燃え広がった。真夜中の出来事。炎に包まれるまで誰も気づけなかった。
数ヶ月前にレストランバーで偶然会ったっけ。私は紘二と、梨江先輩は彼氏と一緒で。
私も参列した葬儀。若すぎる死を悼む声とすすり泣く声が辺りを包んでいた。親族席に座る一人の男性。涙を見せることなく、一部始終を焼き付けるようにその瞳をしっかりと開いていた。
「凌二くん親族席にいたね」
「あんなに仲良かったのにかわいそう」
「結婚すると思ってたのに」
「…泣いてなかったね」
違う。きっと最後だから、梨江さんの全てを焼き付けているんだ。物凄く大切にしていた彼女。だから全てをしっかりと見届けるの。
数ヶ月前の私と同じ。あの時の光景が、鮮明に蘇った。
「結、大丈夫か?」
人もまばらになった頃、通夜会場の廊下で立ちすくむ私のところに甲斐くんがやってきた。私の心情を察して声をかけてくれる。その甲斐くんを追うようにやってきたもう一人の男性。
「甲斐」
「…凌二」
親族席に座っていた梨江さんの彼。今までどれだけ我慢していたんだろう。握られた拳が震え、みるみる顔が歪んでいく。甲斐くんに支えられながら、その人は大粒の涙をとめどなく流していた。
どうしてこんな思いをするひとが増えてしまうの?
最初のコメントを投稿しよう!