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甲斐くんが誘ってくれた季節外れのバーベキュー。爽やかな風が秋の深まりを感じさせ、私の時間を巻き戻す。
「…もうすぐ一年だな」
『うん』
あっと言う間だった。あの日から私は何が変わった?大学に行き、バイトをして、友達とはしゃいで。変わったのは紘二がいない事だけ。
「これ渡してくれって」
手渡された小さな紙切れに書かれた名前と番号。
"凌二 080-××××-××××"
凌二…聞き覚えのある名前。甲斐くんが「梨江の…」そう言った時に分かった。梨江先輩の葬儀で甲斐くんに支えられて泣いていた人。
梨江先輩の彼氏……だった人。
「連絡してやってよ。無理強いはしないけど」
用事があるから、と甲斐くんに紙切れを託して帰ったという凌二さん。
「あいつがこんな事すんの珍しい」
甲斐くんは優しく笑ってた。
男としてとかそれ以前に、同じ経験をした凌二さんと話してみたいと思った。だって私はまだ紘二を忘れられない。
忘れることができるのか不安になるくらいに今も好き。もしかしたらその気持ちは日に日に大きくなっているとさえ思う。凌二さんは?
思い出は美化される。それも分かってる。
居酒屋の個室、「かんぱい」そう言いながらビールジョッキを掲げた凌二さんは、ひと懐っこい顔でふにゃんと笑う。
3つも年上なのに話しやすくて、初めから一緒にいることに違和感がなくてびっくりしたんだった。私のことを甲斐くんから聞いてずっと気になっていたって。私は凌二さんの心が心配だった。
『大丈夫ですか?』
「それは結ちゃんだよ」
返ってきたのは、そんな言葉だった。
バーベキューの日、カラ元気だとすぐに分かったって。無理してる、過去に囚われてるって。私には踏み出すきっかけが必要だって。
『だって、忘れられない』
「忘れる必要なんてないよ。そんな事は無理なんだから。…でも前を向け」
凌二さんの瞳は強い意志を持っていた。本当は梨江さんと過ごすはずだった自分の誕生日に一人で出かけ、お気に入りの場所でケジメをつけたって。
『誕生日いつだったんですか?』
「この間だよ、10月2日」
「運命だな」後日、甲斐くんがポツリと言った。
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