一杯目   聖ルチアでお茶を

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一杯目   聖ルチアでお茶を

 扉を開けると、そこは神様の住処だった。  サン・ジェルマン・デ・プレ教会、パリ最古の教会。フランスで受ける初めての面接を控え、今にも飛び出しそうな心臓をなんとか元の場所に納めようと、私は教会の扉を開けた。一瞬にして、中世のパリにでもタイムスリップしたような不思議な感覚を覚えた。教会の中はひんやりと薄暗く、囁き声でさえ響いてしまいそうなくらいしーんとしていた。青の天井は高く、花のステンドグラスはシンプルで美しい。見上げているだけで、天に昇っていくような穏やかな気持ちになれた。足音を立てないよう教会内を一周して、マリア像の前で腰をかけた。マリア像の足元にはろうそくがいくつも灯されていて、その火をぼんやりと見つめていると、いつの間にか頭が空っぽになり、心が落ち着いた。   二十七歳で日本を飛び出し、パリの料理学校に通い始めて早一年、語学力が少しずつ身につき、異国での生活にも慣れてきたところで、私は生活資金の調達と語学力向上のためにアルバイトを探し始めた。数えきれないほどの履歴書を記憶にないくらいいろんな店に送った結果、サン・ジェルマン・デ・プレ教会の近くにあるお茶屋さんの面接を受けることになった。  朝からそわそわしていると、三十分も早く店に着いてしまい、周辺をだらだらと徘徊することに。夏のパリは暑い。日差しがひりひりする。行く場所もなくウロウロとさまよっていると、サン・ジェルマン・デ・プレ教会が突如と目の前に現れた。神様に呼ばれている気がして、思わず中に入った。 「面接がうまくいきますように」  目を閉じ、祈りを捧げ、ろうそくを灯し、そして教会を出た。キリスト教徒ではないけれど、こういう時はもう祈るしかない。   お茶専門店「サン・ルチア」、お茶激戦区サン・ジェルマン・デ・プレ近辺では歴史ある数少ない個人経営のお茶屋さん。
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