一杯目   聖ルチアでお茶を

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 外見は通りの風景に溶け込んでいて一見地味だが、中は意外とモダンでスタイリッシュに改装されていた。ゆったりとした音楽がかかっていて、照明は柔らかく、レジ側にはお茶の名前が書かれた木箱が壁一面を埋めた。反対側のカウンターにはお茶のサンプルがずらりと並び、気軽に香りを嗅げるようになっていた。店は奥行きがあり、見た目によらず面積が意外と広い。期間限定のお茶や茶器の専門コーナーもあり、眺めているだけで思わず楽しくなってしまうような居心地のいい空間だった。 「結月さん、こんにちは、今日はわざわざ来てくれてありがとう」  お茶を見ていると、中年くらいの丸いおじさんが笑顔で手を差し出した。 「こんにちは、初めまして」  この人が店長だと気づき、私は彼の青い瞳を見ながらその手を握り返した。  店の奥に案内され、こじんまりとしたオフィスに入った。丸いテーブルの席に腰を掛けると、店長は向かいの席に座った。 「暑かったでしょ、パリの夏は暑いからね」 「はい。でも日に当たらなければ涼しいです」  いきなり世間話が始まったので、私は戸惑いながらも笑顔でそれに応じた。室内は空調がなかったが、日当たりが悪いおかげでひんやりとしていた。 「結月さんはどうしてフランスに来たのですか」  最初の質問は、渡仏理由だった。 「フランス料理とパティスリーを勉強しに来ました」  という表の理由を述べた。三十路間近の独身女子という肩書が辛くて日本から逃げてきた、という裏の理由を素直に白状するわけにはいかない。
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