一杯目   聖ルチアでお茶を

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 面接はすべてフランス語で行われ、フランス留学に至るまでの経歴や志望動機を細かく聞かれた。観光客の多いエリアらしく、英会話力も試された。ただの販売員の募集にここまで気合を入れて選考しようとする店長に拍手を送ってあげたいと思った。英語はなんとかクリアできたが、筆記試験はとにかく悲惨だった。フランス語の文法を理解していても、スペルがめちゃくちゃで、アクセントの向きも怪しい。まさに撃沈という言葉がふさわしかった。結論、フランス語はどんなに時間をかけて学んでも、難しい。  解答用紙を店長に手渡すと、私は思わず両手で顔を覆い、ため息をついた。この一年間、フランス語をそれなりに勉強してきたつもりだったが、終わった。マジで終わった。 「難しいよね、フランス語」  いきなり日本語が耳に入ってきたので、私は驚いた。 「日本語、上手なんですね」 「まあ、奥さん日本人だからね」  店長は優しい笑顔を浮かべながら、解答用紙を眺めた。 「奥さんもフランス語に苦労してるから、わかるよ、その気持ち。でも君はフランス語がうまい。一年間よく頑張ったね」  初対面の人にそう言われると、涙が出るほど嬉しくなる。はい、頑張ったんです。学校で笑われても、恥をかいても、いじられても、めげずに頑張った。限られた時間の中で、単語を少しでも多く覚えて、少しでも綺麗に発音できるように練習して、頑張った。  そう言ってくれる店長はきっと優しい人だ。彼の店で働けたら、きっと楽しいだろう。そう思いながら、私は店を後にした。  面接後、合否についての連絡が全くなく、二週間が過ぎようとしていた。私はてっきり落とされたと思い、お洒落な店内を思い出しては勝手にがっかりしていた。  授業の後、図書館でフランス語の文法をチェックしていると、携帯が急に鳴り出した。 「結月さん、サン・ルチアの店長です。今ちょっといいですか」
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