一杯目   聖ルチアでお茶を

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「こんにちは。はい、大丈夫です」 「結月さんには是非うちで働いてもらいたいと思って連絡しました」 「本当ですか」 「学生さんなので、週二十時間勤務になりますが、いいですか」 「はい、もちろんです。一緒に働くのを楽しみにしています」  電話を切ると、私は有頂天になった。これで生活資金が手に入る。しかも接客業は生きた語学力が身につくので、まさに一石二鳥である。   フランスは法定労働時間が週三十五時間だが、学業の妨げにならないよう留学生の労働時間は厳しく制限されている。労働法が厳しいため、アルバイトであっても契約書を交わすことが必須である。  さっそく、アパートに帰って、ノビタとスパークリングワインを一本開けた。  ノビタというのは私の同居人で、ひょろ長で眼鏡をしていて、ドラえもんに出てくるのび太くんをさらに縦に伸ばしたらこんな感じだろうな、というのが第一印象だったため、私が勝手にノビタと呼んでいる。ちなみになぜ一人暮らしをしないのかと言うと、パリは家賃がとても高く、とてもじゃないけど私の財力では破産してしまうからである。ルームメイトのノビタはドイツ出身のシステムエンジニアで、おそらく私よりも七歳年上。ノビタは親せきのお兄さんという感じで、一緒に住んでいても、不思議なことに異性として意識することが全くない。 「おめでとう。これでまた、本物のパリジェンヌに近づいたね」  そう言いながらノビタはスパークリングワインを一気に飲み干した。 「ありがとう。これで、少しでもフランス語が上達するといいな」  私はひと口だけスパークリングワインを口にして、ソファにもたれて天井を仰いだ。場の空気を読んでいるかのように、ラジオからはどこかのカフェを思わせるジャズが流れてきた。ワインとの相乗効果で脳はあっという間にうとうとし始めた。
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