一杯目   聖ルチアでお茶を

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 ノビタは英語もフランス語もペラペラで、フランス語力のない私とは英語で会話していた。個人的な感想になってしまうが、ドイツ人は羨ましいほど語学力が高い。ノビタが話す英語もフランス語もネイティブなみに完璧だった。   最初のルームメイトは、実を言うと、ノビタではなく、大家さんだった。大家さんは中年くらいのマダムで学校の先生をしていた。アパートには寝室が二つあり、彼女は独身だったため余った部屋を貸し出そうと考えた。だが、私が入居してから間もなく、大家さんは休職をして地球一周の旅に出てしまった。一年後には帰ってくるから、と言い残し、ノビタを連れてくると、さっさと旅立ってしまった。地球一周の一人旅にずっと憧れていたらしく、歳を重ねる度に旅に出る衝動に駆られ、今行かないともう行けなくなるだろう、と思い、行動に移したらしい。私も仕事を辞めてフランスに来たので、彼女の気持ちは痛いほどわかる。それでも、女性ひとりで地球を一周しようなんて思ったことがなく、彼女の勇気と行動力には思わず脱帽した。  寝室が別々とは言え、知らない異性と同じアパートをシェアすることに、私は戸惑いを感じた。しかし、ノビタは大家さんの知り合いで、大家さんのお墨付きがある以上、余計な心配をする必要もないと思った。  ノビタが引っ越してきた最初の週末、友人の車で大きな段ボール箱を何個も運んできた。夕方家に帰ると、暗いリビングでノビタはひとりで荷物の整理をしていた。段ボールから何かを取り出してはそれをじっと見つめて、そして寂しそうな笑みを浮かべながらそれをテーブルにおいて、また他の何かを取り出す。電気もつけずに、ひたすら荷物をひとつずつ取り出しては懐かしそうに眺めていた。
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