一杯目   聖ルチアでお茶を

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 声をかけるべきかどうか、本当に悩んだ。こんな光景、私はドラマの中でしか見たことがない。それも、恋人と別れた後に引っ越しをした時のシーンにそっくり。夕日に照らされたあの時の彼の寂しそうな表情は、今でも鮮明に覚えている。せめて、電気をつけてあげるべきだったかもしれない。  お茶専門店「サン・ルチア」、サン・ルチアは訳すと「聖なるルチア」となり、「サン」はフランス語で「聖なる」を意味し、「ルチア」はラテン語で「光」を意味する単語から派生した名前である。   聖ルチアは三世紀末に実在したイタリアの聖女で、そのあまりの美しさに求婚者が後を絶たなかったという。キリスト教信者であることを理由に迫害を受け、自分の目をくり抜いて異教徒との結婚を拒否したという伝説が残っている。イタリアでは、目の守護聖女、光の聖女とされているらしい。   目をくり抜いて婚約者に届けるなんて、想像しただけでぞっとするような逸話だけど、彼女はきっと芯の強い女性だったに違いない。敬虔なキリスト教徒である店長の祖母が店の名前を付けたらしく、店長は三代目で、オフィスには歴代店長の写真が飾られていた。店では世界のお茶が扱われており、サンジェルマン・デ・プレ教会の近くにしか店舗がない。昔は何だったのかはわからないが、店長の祖母が、代々受け継いだこの店舗でお茶屋さんを始めたらしい。
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