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 ──などと、真面目に反省したり落ち込んだりするようなタマでもない。犯した酒の失敗は数知れず、一向に禁酒しないのはつまりそういうことである。  それに、うら若き乙女ならともかく自分はもう四十路。そもそも今更前歯一本ごときでそこまでショックを受ける必要があるのか。  雑草レベルに生まれたこの顔面も、昔は濃いメイクでいくらでも綺麗に咲かせることができたものの、今はもう手の施しようがないほど枯れ果てている。健全な前歯なんて荒地の肥やしにもならない。  何事も物は考えよう。こんな珍事はむしろ、人に話せる恰好のネタだと思えばいい。悲報なんてものは草を生やせばクソワロタになる。かの喜劇王チャップリンも確かそれに似たことを宣っていた気がする。  そう言えば、誰かと繋がるために「ねえ聞いて」と理由が必要になったのはいつからだろう。あたしの日常は話の種も見つからないほど、退屈と孤独のルーティンだ。  まあそれはさておき、早速この喜劇を共有しようと、歯磨きもそこそこに「スマホ、スマホ」とバスルーム出て部屋へと戻る。戻ると言っても三、四歩の距離だけれど。  あたしの住むアパートは、十畳一間の所謂(いわゆる)1K。真っ白な床と壁、天井まで白い。逆にベッドやテレビなどの家具は黒に統一したから、完全にモノクロの世界、それこそチャップリンの映画である。
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