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 ちょうど船を漕ぎ始めたところで、鋭い声が飛んできた。「はいいっ!」と慌てて振り返れば、白髪混じりのオールバックな眼鏡が険しい顔をしている。よりにもよって部長だ。 「川原さん、十時半に会議室Aに来てもらえるかな? ちょっと話があるから」  部長から直々の呼び出しとは穏やかではない。実は居眠り常習犯のあたし。もう何度注意されたか分からないし、いよいよクビだろうか。苦笑いで「了解です」と返した。  ちなみに、何故居眠りをするかといえば退屈だからだ。幸か不幸か仕事が早いあたしは、すぐに手持ち無沙汰になってしまう。けれど、やることやれば寝てもいいという道理もない。かと言って、わざとダラダラと仕事をするのも性に合わない。でも私語厳禁ネットも禁止でやることもない中、寝落ちしない胆力もない。  要するに、自分に合った仕事ではないのだ。あたしにはもっと沢山任されて頭をフル回転させるような業種が向いているのだろう。中学の担任をして「お前らの頭をファミコンだとすれば、川原のはPC」と言わしめた脳みそは、別にまだまだ腐っちゃいないはずだ。  クビ上等。あたしはなんだってできる。  と強がってみたものの、約束の十時半を迎える頃には不安のせいで眠気などどこへやらだ。そう、分かっている。兼業主婦ならいざ知らず、独身のくせに四十にもなって時給千三百円のデータ入力しか選択肢がない現状は、全て自分の浅はかさが招いたことである。  ため息をついて重い腰を上げた。心を入れ替えるから、クビだけは勘弁してほしい。
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